文字の大きさ
文字サイズを「小」に変更する
文字サイズ「中」に変更する
文字サイズ「大」に変更する

文六携帯メール会員募集中!

文六ホームページを携帯で見よう!

後援会情報

日本の医療の流れを変える会

HOME > 事務局よりみなさまへ

事務局よりみなさまへ

< 九条の会:憲法セミナー メイン アーサー氏が語るアメリカの医療の実態 >

2009年11月16日

大帝国アメリカに勝った第五福竜丸

  アーサー・ビナードは07年「ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸」で日本絵本賞を受賞。そのアーサー氏は=「第五福竜丸」の乗組員23名は、水爆実験の犠牲になったかわいそうな人と捉えたら歴史認識はズレている。23名の漁師が大帝国アメリカに勝ったと捉えるべきだ=と、、、、これには少々びっくりしましたが、その後の話でなるほどと思いました。
 第二次世界大戦中、日本の漁船は徴用船として戦争に参加しました。漁師たちは敵国の船を見つける役目を担い、見つけるとすぐに無線でそのことを軍に報告。しかし、報告すると、ただちに敵に傍受され撃沈させられました。第五福竜丸の漁師たちは戦争中のその経験を知っていましたので、太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁近くで水爆実験に出くわしたときは、冷静に判断し無線を打ちませんでした。水爆実験による死の灰が頭上に降り注いできたとき、自分たちが実験場の風下にいることを確認、それはその周辺は危険であるので実験をしたアメリカの関係者はいないと判断。熱を出し下痢をする体に鞭打って、アメリカに気付かれないように日本まで何とか帰りました。しかも、死の灰を瓶に詰めて、、、、すぐに実験場に持ち込みその正体を明らかにしました。
 この漁師たちの冷静沈着で素晴らしい行動がなかったならば、水爆の被害が、その後の世界に大きく広がっていたことでしょう。アーサーもこうして元気で活動していなかったかもしれないと、、、漁労長の見崎吉男氏、無線長の久保山愛吉氏らに感謝!!しかし、1954年3月1日の水爆実験から半年後の9月23日には久保山氏が息をひきとりました。その後も7人が帰らぬ人となりました。
 
 普天間の基地問題、アメリカの医療問題は後日更新します(N)

このページの先頭へ

< 九条の会:憲法セミナー メイン アーサー氏が語るアメリカの医療の実態 >