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2008年5月11日
人は旅をして気をもらう (4) 鳴門
旅
§ 壮大なる偽物絵画を観る! ④ 大塚国際美術館
2つ目の色は赤である。いわゆるポンペイの赤である。これもフレスコ画である。これはヴェスヴィオス火山の噴火で埋もれてしまったものから発掘された家屋の一室に描かれていたものである。ポンペイはイタリアのナポリ湾に臨む古代都市で、前4世紀以来繁栄し、のち一時ローマに反抗したという。この都市の最盛期の紀元79年、ヴェスヴィオス火山の大噴火で埋没してしまったという。ポンペイは、現在、当時の建造物・生活様式・美術工芸などを知る貴重な史跡となっている。
この壁の赤は、独特な色合いを持っているが故にポンペイアンレッドと呼ばれるのであろう。一度みると忘れ難く印象に残るレッドである。やや黄色味を帯びた赤が壁全面に塗られ、その前にたたみ1.5畳位の大きさに区切られた塀の中に様々な人物の所作と表情が描かれている。西欧の中世は誰が言い始めたかのか “ 暗黒時代 ” といわれ、その時代の絵画には、人間の息吹が感じられないばかりか、仮面様顔貌ばかりが羅列されて、ぞっとする。しかし、このポンペイの 『 秘儀の間 』 の人物像は生きている。まず、顔に表情がある。眼付が実在の人物を想起させる。恐らく、この部屋は、当時のこの地域の統領か最高権力者かあるいは支配者の館か、日本で言えば官邸の類の、一室なのかもしれない。秘儀の間と名付けた以上、この壁画にはその秘儀の内容が描かれているのであろうが、ついにその説明には出会わなかった。
500円~1000円のイヤホーン付きの解説の中にはその説明があるのかもしれない。私、松本文六は他人の解釈よりもまず自分自身の五感が先だという想いで、このようなイヤホーンは使わないことにしている。そのうち、秘儀の解説にどこかで出会うだろう。
色は、以上の2つが忘れえない色として記憶された。
これらは、いずれも環境展示であるが、その別の一つに、『 ゴヤの家 「 黒い絵 」 』 がある。これが、また強烈な衝撃を観る者に与える。
1819年72才のゴヤはマドリード郊外に家を購入した。それは “ 聾者の家 ” と呼ばれ、そこの壁に “ 黒い絵 ” の連作がなされている。食堂やサロンの壁合計14室が描かれている。この “ 黒い家 ” の連作は、ロマン主義の巨匠として、そして宮廷の主席画家としての時期に描いた 『 裸のマヤ 』 や 『 着衣のマヤ 』 とは別人が描いたのではないかと思われるような絵の表情で黒い怒りが一挙に噴出しているような連作絵画である。ゴヤは、1792年に大病を患い、それが原因で聴力を失い、ついには全聾者となってしまった。1786年に国王付画家となり、1799年には宮廷主席画家となり、社会的地位と名誉も得ている。しかし、この聾は彼を何よりも思索的な人間へと押しやり、『 ロス・ガブリチョス( 気まぐれ ) 』 という版画集の中で、その大きな展開が見られているという。このような彼の精神環境の中で、ナポレオン率いるフランス軍の祖国スペインへの度重なる内政干渉に、民家の暴動や市民の蜂起が次々と見られ、ついには、1808年5月対仏独立戦争が起った。ゴヤは、直接戦いの渦中に踏み込んではいなかったが、戦争の悲惨さに、その人生観をさらに大きく転変させられたと推理されている。62才の老身は、憤りに震え、1810年に銅版画 『 戦争の惨禍 』 に着手している。しかし、この銅版画は、晩年フランスに亡命したせいなのか、生前には公開されなかったという。それは、彼の名声と社会的地位がそうさせたのかもしれない。ちなみに、『 1808年5月3日 : リンシベ ・ ピオの丘の銃殺 』 の絵は、1814年、ナポレオンがワーテルローで敗れ、スペイン王が復位した年に自ら 『 5月3日 』 とともに、国王に申し出て描いたものだという。
“ 黒い絵 ” の連作は、1820~23年にかけてなされたものという。その中の、『 自らの子を食らうサトゥルス 』 という絵は、思わず後ずさりを迫られるような迫力がある。ゴヤの家は “ 聾者の家 ” と言われ、現実の部屋も灯りがなかったのか、暗闇の中に展示されているので特にそう実感したのかもしれない。子の首から上はすでにサトゥルスの口の中を通り抜けて、血がしたたり落ちている様は、まさに戦争が人を食い殺し、人が人を殺すというのが戦争であり、戦場はその凄惨な場である。そのような悲惨なことを再び繰り返すべきではない。それは人間は許すべきではないのだとゴヤが雄叫びしているように聞こえる絵である。まさに、この “ 黒い絵 ” の連作は、ピカソやゲルニカ以上に観る者に反戦を呼びかける絵でもある。
“ 5月3日 ” の原作を、スペインのプラド美術館で直接眼にしている連れあいは、この陶板は迫力に欠けると囁 ( ささや ) いていたが、確かに、私、松本文六が観てもそんな感じがした。何がどう違うのか、やはり本物と比べないと判らないのかもしれないが……。他の陶板に比し、これは失敗作かもしれない。
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