文字の大きさ
文字サイズを「小」に変更する
文字サイズ「中」に変更する
文字サイズ「大」に変更する

文六携帯メール会員募集中!

文六ホームページを携帯で見よう!

後援会情報

日本の医療の流れを変える会

HOME > 文六つうしん > 生き場所づくり (2)

文六つうしん

< 見る・観る・聴く・嗅ぐ (22) メイン 生き場所づくり (2) >

2008年5月 4日

生き場所づくり (2)

エッセイ 1

§ 二つのいのちを扱う危険性 ①

 “ 生き場所づくり ” の主体も、“ 死に場所づくり ” の主体も、医師である必要はありません。 “ 生き場所 ” は、基本的にはそのひとが主体的に決めることです。何らかの障害が発生し、生活することに支障を来たし、他の人からの支えを必要とし、主体的に “ 生き場所 ” を決定することができなくなったときに、 “ 生き場所づくり ” の主体は、他の人あるいは社会的組織に委ねざるを得ない情況が生まれます。その委ねる先は、医療・福祉の領域あるいは社会となります。
 未成熟な社会においては、個人の選択は許されませんが、成熟しつつある社会では、個人の選択が優先される環境が整えられつつあります。医療 ・ 福祉の領域において、障害者の選択権は拡大されつつあります。そして、成熟社会では、精神的・肉体的障害の程度や能力の差によって、差別されることは許されません。
 また、ひとの基本的人権が決して侵されてはならない社会です。私たちが、成熟社会を目指すとすれば、医療や福祉の領域で基本的人権が侵されない環境をつくるべきでしょう。 “ 生き場所づくり ” もこの原則に則 ( のっと ) って行なわれなければなりません。
 過去において、ヒトラーがユダヤ人を虐殺し、天皇の軍隊が731部隊で中国人や朝鮮人を “ 丸太 ” と称して凄惨な生体実験を行なったことや、九大医学部での米兵の生体解剖事件などの事実は、二度と繰り返してはならないおぞましい歴史的事実です。これらの歴史的事実は、いずれもこの原則に反します。一時の利己的幸せを優先して、永続的な差別 ( = 他人の不幸せ ) を生み出す事態は、どんなことがあっても阻止すべきだと私は思います。差別のある環境においては、人権は必ず侵されます。そして、差別が発生する最初の対象は多くの場合、弱者あるいは障害者です。


*初出 月刊 総合ケア Vol. 3 No. 12 1993.12

< 見る・観る・聴く・嗅ぐ (22) メイン 生き場所づくり (2) >