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文六つうしん

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2008年5月27日

見る・観る・聴く・嗅ぐ (25)

エッセイ 2

§ 石川一雄氏の冤罪をはらせ!

 5月25日、街宣を11:30~12:30 行ったが、 その後、同じ場所で、部落解放同盟大分県連合会中学生・高校生友の会が、あのとんでもない冤罪 “ 狭山事件 ” の被告、石川一雄さんの無実を訴え、ビラを配布と署名活動をされていた。
 石川一雄さんは、1963年5月23日、突然逮捕された。女子高校生殺人事件の犯人として仕立てあげられ、無期懲役の判決を受け、32年間、獄中生活を余儀なくされてきた。石川一雄さんは、当然ながら、無実を主張し、再審を求めている。逮捕されて、この5月23日ですでに45年という歳月が経っている。冤罪でこれだけ長期間にわたって人を拘束することは決して許されるべきではない。
 鹿児島県での選挙違反事件での精神的拷問をかけて有罪にした冤罪がはれたのはつい先だってのことだった。警察、検察の姿勢がもっともっと透明になるような形での枠組みづくりが必要である。
 最近では、科学の進歩によってデッチあげ事件は数少なくなっていると思うが、警察・検察の姿勢は、あの 《 それでも僕はやってない 》 という映画で見事に社会に明らかにされた。
 石川一雄氏は部落差別の中で、極貧生活のため、当時24才で字も書けなかったというのに、犯人が残した “ 脅迫状 ” は、石川氏が書いたものとされているのは一体どういうことなのだろうか? この一つをとっても明らかな冤罪であるが、“ 被告 ” と擬せられた人間は、冤罪が冤罪でないような形に持って行くために選び抜かれるのである。何という暴挙。
 石川一雄氏にかけられた攻撃は、戦前の憲兵の思想と根本的に変らず、映画 “ 母べえ ” と同質のレベルで改めて捉え直し、次第に悪質化してゆく政治を変える地道な努力をしない限り、払拭することはできない。差別は、深いところでは権力の公然たる武器と化している。

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