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文六つうしん

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2008年5月29日

「2010年 その時私は」 (97年8月発行の単行本から) 下

エッセイ 2

§ ある日突然に(下)
*この本は、67人が1997年から10年後の自分を想像したフィクションです。


 その時、私はX理事の話を聞きながら、 カッカッカッカとしながらも、ここは自制しなければあの時のN教授のようになってしまうと思いながらも自制できず、体中の血管が一気に収縮し、鳥膚が立ち、テーブルを叩きたい衝動にかられていた。
 N教授は、1968~70年の九大医学部闘争の折、8ヵ月の学生のストライキ後の授業再開に当たって、学生や医局員の鋭い批判に立往生して脳出血で倒れてしまったのである。学生時代を想いだしながらも、X理事の一言一言が私の手の震えを抑えることができなくなりつつあった。
 私はついに、「君は一体何様だと思っているのか。君の要望に応えて12号サテ診の所長にして理事にしたというのに何ということを言う。それは君の意見だけだろう。過去の天心堂の歴史もわきまえず、誰かにそそのかされて、言っているだけではないのか! 自分自身の哲学のない、そそのかされた君の意見など聞く必要はない !! 」 と私はついにテーブルを叩いてしまった。
 X理事曰く 「 要するに理事長は自分の地位に執着しているだけではありませんか。そんなことを言ったってこの病院の経営をどうするのですか。すでにここ5年間赤字じゃあないですか。赤字の上にいい医療とかそんなきれいごとを言ったって、誰が信じますか。私だって数年前の給料から何ぼ上がっていますか? わずか15%でしかないじゃあないですか。僕らの給料と職員の給料を抑えて理事長のカッコ良さを保っているだけではありませんか。要するにあなたはハダカの王様だよ。もうあなたなんか天心堂には必要ありませんよ!」 と。

 私はついに叫んでしまった。「私はいつでも辞める用意がある。しかし君なんかを理事にしたのが失敗だった。こんなことでは天心堂が…」次の言葉を続けていたつもりだったが、ここで私はテーブルにうつぶしてしまったらしい。
 私は右麻痺となり、言語障害の後遺症をもって生きていた。趣味といえば自らの手を動かすのではなく、読書や絵画鑑賞だったので、世の中が識別できなくなり、どうもただ生きているらしい。妻と家族の言うことは何とか理解できるが、他の人たちの言っていることはほとんど理解できない。孫のQ子の言っていることも何とか理解できる。もっと意思疎通ができるようにという想いの中で、妻の手を握りながら言語療法を受けている。

*初出 『 友人たちの 2010 年その時私は 』 地域医療研究会 発行 1997年8月30日

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