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2008年5月28日
「2010年 その時私は」 (97年8月発行の単行本から) 上
エッセイ 2
§ ある日突然に(上)
*この本は、67人が1997年から10年後の自分を想像したフィクションです。
2010年、私は67歳である。
国家財政は火の車で、介護保険とは名ばかりで、右麻痺、言語障害に陥った私の面倒は妻によってかろうじて支えられている。
疾病保険や生命保険は以前より嫌いで掛けていなかったから、私が倒れた時は、家族のみならず、天心堂自体も大変であった。へつぎ病院の経営方針をめぐって、理事会で大論争をした折、怒り心頭に発し、脳出血で倒れてしまったのである。
論争のきっかけは、へつぎ病院の理念をめぐってであった。X理事がこの三原則をはずすことを提起した。
《 天心堂の医療実践活動の三原則 》
1.生活者の医療を受ける権利は、基本的人権である。(立場)
2.予防を主とする。(観点)
3.医学及び医療供給体制の変革は、生活者の医学 ・ 医療への要求に正しく依拠してなされなければならない。(方法)
X理事曰く、「天心堂は古くさい。医療実践活動の三原則は時代にあっていない。こんな陳腐な理念を高々と掲げて理事長は得意になっているが、世間はそんなに考えていない。第一、へつぎ病院が医療を上から与えているような感じではないか。患者は 『 自分たちが金を払っているのだから病院が俺たちの言うことを聞くべきなのだ。俺たちのことを何と考えているのか? 生活者とは生活保護を受けている人間のことではないのか。俺たちと一緒にして欲しくないな。』 と言っている。現に天心堂にかかっている連中は経済的には一定レベル以上の患者層で、生活保護者はかかれないではないか。貧しい人間には療養環境とかは全く関係ない。『 そんなものに金を払わなくても治してくれさえすりゃあいいんだ。』 と思っていますよ。サテライト診療所をつくって病診連携といっているが、要するにそこで患者をふるい分けして、金の払える患者だけをへつぎ病院で治しているにすぎない。サテライト診療所の医者を連れくる時に彼らにいい条件を出して開業メリットを与えているけれども、へつぎ病院が肥る為だけにそうしているにすぎないじゃないですか。サテ診はサテ診で、生保の患者は、皆県立病院や他の民間病院にまわして理事長の機嫌をとっているだけじゃあないですか。何が天心堂の医療理念ですか。はっきりとへつぎ病院は金持の患者しか診ないと言ったらどうですか。地域の文化の発信基地とかきれいごとを言っているが、要するに、それは理事長の趣味を職員と地域に押しつけているにすぎない。言葉だけで、弱い人の心情なんか全くもって考えていやしない。私は次のようにこの三原則を変えることを提案したい。
第一項は、経済的に一定レベル以上の者しか天心堂は診ない。第二項は、病気になったらへつぎ病院に来なさい。必ず治してあげます。第三項は、天心堂の理念に沿って医学・医療の変革は考える。患者の意見には耳を傾けない。というふうに改めるべきだ。」と。
*初出 『 友人たちの 2010 年その時私は 』 地域医療研究会 発行 1997年8月30日
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