![]()
HOME > 文六つうしん > 何のため誰のために医療をするのか?
| < 何のため誰のために医療をするのか? | メイン | 何のため誰のために医療をするのか? > |
2008年4月16日
何のため誰のために医療をするのか?
エッセイ 1
§ 生活を診る医療 ⑤
2002年4月の診療報酬改定で、“ 生活習慣病指導管理料 ” という新しい “ 概念 ” が導入されました。これは、高脂血症・高血圧症 ・ 糖尿病などは、個人の生活習慣に問題があるという断定の上での厚生労働省の視点から出されたもので、私のいう 《 生活を診る 》 医療とは本質的・根本的に立脚点が異なります。厳しい中小零細企業で働いている者にとってはストレスが亢 ( こう ) じて、アルコールを過剰に摂取することはありえます。唯一のくつろぎが晩酌であり、酒の肴をつまむ場面を誰が否定できようか。結果として “ 生活習慣病 ” に陥ったことを国家が咎 ( とが ) めることは許されるべきではない。如何に国家財政が厳しいからといって国家がここまで介入して、罰則として自己負担を強いるのは本末転倒も甚 ( はなは ) だしい。国が介入できるとすれば、予防のための助成金であり、罰としての自己負担増であってはならないと思います。プライマリーの分野で働いている医者は、この視点を持ちあわせていないと食べてゆけない時代となっていますが、分業体制で臓器別に分かれている大病院の医者は特にこの 《 生活を診る 》 視点が欠落しています。
気づいたことの2つ目は、多くの医療提供者は “ 癒し ” に関する視座を持ちあわせていないことです。患者の 《 生活を診る 》 視座の他に、治療空間や文学 ・ 音楽 ・ 絵画などが、患者の癒しの過程に実に大きな役割を果たしているという視点を持つことは極めて重要です。97年に移転新築した新へつぎ病院は空間を大胆に生かした設計で、音楽 ・ 絵画を取り入れ、患者に公開した書籍棚も設けています。
3つ目は、医者の技量にものすごいバラツキがある点です。本人の器量にもよりますが、かなりの医者が、基本的 ・ 常識的なエチケットさえ知らないのに驚きます。挨拶、報告 ・ 連絡 ・ 相談、感謝という 『 最低限の教養 』 さえ持ちあわせていない者が少なからずいます。少なくともこの3つ目の最低限の “ 教養 ” がないと、医療の質をあげること自体不可能です。
学校の成績さえ良ければ、社会も家庭も教師も何も言わないという学校教育がこのような非人間的医者を大量生産したのであろう。こどもの教育・医学教育を根本から考え直さなければ良質な医者は輩出しないでしょうし、良質な医療は提供することさえ困難でしょう。そしてまた、現在のすさまじい量の医療事故を減少させることさえできないでしょう。
2000年秋、『 医療法等の一部を改正する法律案 』 を検討する国会の厚生委員会で参考人として意見陳述を行いました。私の意見が、お蔵入りしはじめていた新 “ 卒後医師臨床研修システム ” を改めて浮上させることを可能にしました。来春より実施される新たな医学教育や卒後臨床研修の中で、教官や指導医はこの3つの視座からの教育や指導に臨むことが必須と思うのだが、果して、…。
*初出 九大医学部同窓会誌 『 学士鍋 』 第125号 2002年12月20日発行
| < 何のため誰のために医療をするのか? | メイン | 何のため誰のために医療をするのか? > |
![]()
![]()




