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文六つうしん

< 私の原点 メイン 何のため誰のために医療をするのか? >

2008年4月12日

何のため誰のために医療をするのか?

エッセイ 1

§ 医者としての登竜門でのとまどい ①

 2002年11月5日、私は60才の “ 還暦 ” を迎えました。 “ 歳 ” のことはこれまでほとんど考えたことはありませんでした。それを初めて考えたのは、天心堂創立20周年(1990)年の記念誌の発刊に際し、巻頭言を認めなければならなかった折でした。
 大学時代、生理学のG教授が 《 10年一仕事 》 という話をされましたが、その時は 《 何と悠長な 》 と思っていました。この医者としての32年を振り返る時、この言葉の重みが今にして理解できます。

 私の医者としての32年を振り返りますと、阿弥陀くじに沿って医療をして来たような気がします。
 隅々九大医学部に合格しましたが、専門課程の入り口で躓 ( つまづ ) いてしまいました。解剖学の講義で教科書に書かれている絵と同じ骨のスケッチが黒板に描かれ、ラテン語の名称を記しての講義にはすっかり失望し、講義には出ず、九大医報の編集部に通っていました。私には果たして医者になる適性があるのだろうか、むしろ研究者になるべきではないのかと迷いながらの日々が数ヶ月続きました。その頃は 《 医学とは何か? 》  《 学問はいかにあるべきか? 》  《 研究者はどうあるべきか? 》 ということを模索しながら理学部への転部を真剣に考えていました。
 そのような暗中模索の中の1968年6月2日午後10時48分、板付基地 ( 現 福岡空港 ) から飛び立った米軍戦闘機ファントムが、建築中だった九大工学部の “ 電算機センター ” 5階に突っ込み炎上しました。学長を先頭とする 《 板付基地撤去! 》 をスローガンに掲げた数千人のデモが連日行われ、学内は騒然となっていました。
 ファントム戦闘機の炎上直後、閉じられた工学部の鉄門扉を独りよじ登り現場を観ました。その折、《 自分も何かしなければ! 》 と強く想いたちました。

初出 九大医学部同窓会誌 『 学士鍋 』 第125号 2002年12月20日発行

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