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2008年4月11日
私の原点
エッセイ 1
§ 父と天心堂 ⑤
“ 名誉院長 ”の意味を、しっかり私自身が認識しておけば、名誉院長が往診に行かれる時、父が病院に出てくるのではなく、病院から自宅まで車でお迎えに行き、往診に行っていただくべきであったのだ。父である、身内であるという固定観念から私自身が一歩も抜け出ていなかったがために、この極めて常識的な判断ができなかったのである。
ある時、父は言った。「オレに一部屋くれんかのう。往診に行っている何人かをまとめて毎日診たいんじゃがのう!」と。それは、父が疲労しているということの間接的表現であった。そのことに、私は気づかなかった。だから、タテマエ論で終始考え、答えた。「お父さんがそうすると、内科部長が困ると思うよ。それに看護婦の方も古い様式の指示と新しい様式の指示が出て、かえって混乱します。しばらくはそれは遠慮して下さい」と。父の疲労の兆しが、私にはつかめなかったのである。
死後しばらくして、私はこのことに気がついた。悔やんだ。しかし、もはや遅かった。私は、自分が父を殺したのだと思っている。この償いは、天心堂を100年後までも生き続ける医療機関として、発展させることによってしか、償えないと私は思っている。
* 初出 「輝かしき陽光のかげで ― 故 ・ 松本弘の想い出 ― 」 1987年9月1日発行
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