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文六つうしん

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2008年4月 4日

見る・観る・聴く・嗅ぐ (20)

時事エッセイ

§ 『 靖国 YASUKUNI 』上映中止

 
東京と大阪の映画館5館で予定されていた在日中国人監督李氏のドキュメンタリー映画 『 靖国 YASUKUNI 』 の上映が中止された。
 その発端は、某週刊誌がこの映画は “ 偏向 ” と決めつけ、それを受けて、自民党議員が問題にして、公開前に事前 “ 検閲 ” をしたからである。自民党の国会議員たちは、文化庁が助成金を出して作成された映画であることも問題にしているという。
 私、松本文六は、どうしてこうも度量の小さい国会議員が多いのかと情けなくなる。ドキュメンタリーをつくるのはその製作者の視点がはいるのは当然である。一般に公開される前に自民党国会議員の主観から、これは偏向していると断じれば、とりわけ靖国神社と関係の深い右翼団体が動くのは自然の流れである。意識的に偏向であると断じることによって、上映阻止が実現されることを彼らは当初より考えていたとしか思われない。
 それが広く報道された途端に 《 とやかく言われる筋合いはない !! 》 とテレビのインタビューに答えていた弁護士出身の女性議員は、ドキュメンタリー映画についてとやかく言わなかったら、今日のような事態は起こらなかったということさえ想像できないのであろうか? しかしテレビに映った顔は大変悔しそうだったのをみると、やはり、想定内のことだったと推測される。
 靖国神社問題は未だに保守政治家と右翼にとっては神聖にしてその過去にまつわる事実さえ触れるべきではないと思っているらしい。過去の事実を事実としてありのままに語ること自身が恐いのであろうか? 彼らの心情は私、松本文六にとっては全く理解できない。
 戦争に行って戦死したら靖国神社に神として祀ってあげるという徹底した教育を行い、多くの青年たちを戦地に送りつづけてきたという忌まわしい靖国に関する記憶に耐えられない遺族は沢山いるはずである。とりわけ、真摯なクリスチャンや仏教徒にとっては自らの父や祖父が神として祀られることには嫌悪感を抱くであろうことは容易に想像がつく。名前を消してくれと願い出ても断固として拒否する靖国神社側の精神構造は一体どうなっているのだろうか? きっと、余程の石頭で他人の心の痛みを理解できない構造になっているのであろう。そのような人間がどうして宗教人なのであろうか?
 しかし、歴史をひもといてみれば、キリスト教徒が大侵略を行い多くの植民地をつくりつづけ、多くの人間の心と体を踏みにじりつづけてきたこともまた真実である。
 人の痛みを自らの痛みとして受容することが、本当の宗教人の心の在り様なのではないか、と私、松本文六は想う。

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