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2008年03月のアーカイブ
2008年3月31日
日本の医療が危ない! (11) 後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度
§ 本日、街頭宣伝行動をしました
3月31日、明日より後期高齢者医療制度が実施される直前の本日、大分市トキハ前で、後期高齢者医療制度の廃止を求める、いわゆる“ 街宣 ” を行いました。
15時~16時のわずか1時間でしたが、それなりの反応があったような気がします。大体 “ 街宣 ” なんかは選挙の時はいざ知らず、一般的にはそれ以外の時期は、右翼の街宣ぐらいしか行われていない。まして連合や労働組合さえ平日の昼過ぎにはしない。東京に出張した折、時々新宿で見たような気がするのは、テレビのそれを錯覚しているのかもしれない。
本日は、国清昿平さん(全逓大分県支部長を20数年され、連合大分の会長も務め、現在、日本の医療の流れを変える会の会長代行)が先導して下さり、そのあと私、松本文六が話させてもらいました。このパターンを3回程繰り返しましたが、心なしか、昨年の選挙の時よりも反応がいいような感じがしました。それは、私に選挙の経験を通して慣れがあり、余裕があったのか?とも思えました。しかし、お手伝いいただいた “ 流れを変える会 ” の会員の方々も手応えを感じられたようで、《 今日は良かった 》 と嬉しがっていました。
私の話の骨子は、すでにこのページで何度も書いていることを声に出して訴えたにすぎません。ちなみに、箇条書きにしますと、以下のようなことです。
- 値切られてきている年金から更に新たな税が引かれるに等しい。
- 75才に満たない人と75才以上の人の受けられる医療に格差を持ち込むものである !!(年齢による差別医療)。
- また、マルメ=定額制=包括制なので、して欲しい検査(胃カメラや大腸カメラ、心臓や腹部の超音波など)の場合、他の病院を別の日に受けさせられることが起こりうる。その場合、公共交通機関の乏しいところの住民はタクシーを使わざるを得ないという利便性が制限される(アクセスの制限)。
- 資格証明書が、多分75才以上のお年寄りの10%に相当する130万人の低所得者に対して交付されることになります。その場合、その高齢者は医療機関にかかる折には100%現金でしかかかれません。後でいくばくかのお金が役所より返還されるといいますが、これ程冷酷な制度はありません。お金のない高齢者は医療を受けることを我慢せよ、と言っていることに等しい制度です。
- 結果としての診療制限を来たす(診療制限)。
診療所では、この包括制をとった方が経営的にプラスとなれば、後期高齢者診療料を選ぶことになります。しかし、新しい制度は入りやすいように経済誘導があります。2年後の改定には、これまでの厚労省からしますと、必ず新しいムチを用意することでしょう。
それは、今は75才以上ですが、それが65才以上と次第にすべての年齢層にこのような診療制限が適用され、フリーアクセスが全面的に制限され、そのあげくには、民間医療保険が大幅に導入されてくることを私、松本文六は恐れています。
社会保障の概念から完全にはずれ、国民皆保険制度が全面的に解体されることを何としても阻止すべきだと考え、松本文六は行動します。
いのちも金次第というアメリカのような国にはさせたくないと思います。どうか、読者の方々は、長期的にみて、この後期高齢者医療制度が大幅な悪法であることを理解され、私ども日本の医療の流れを変える会とともに運動しましょう。後期高齢者医療制度の廃止を求めるために。いのちが一番の旗印を掲げて。
2008年3月30日
日本の医療が危ない! (10) 混合診療解禁
混合診療
§ 混合診療解禁と治験
朝日新聞が混合診療に関する調査結果を2月9日の be 新聞で明らかにしている。
それによると混合診療解禁賛成63%、反対10%、どちらとも言えない18%、わからない9%となっている。モニターの2302人の回答割合である。
しかし、混合診療がどういうものかについてのキチンとした説明した上での調査か、少々疑問がある。
保険診療(A)を保険外診療(B)と併せて行った場合すべて全額自己負担になる。このBの部分は、例えば外国ですでに使われているが日本で使われていないくすりを使うような場合を指す。自らのがんの治療を受けるに当たって患者さん自身がインターネットなどで調べて、医者に申し入れた場合では(A)も(B)もすべて自費となる。
しかし、日本のどこの医療機関でも使えるくすりは保険収載品と呼んでいるが、これとは別枠に、厚生労働省が 《 治験 》 という形で特定の医療機関で使うことを許可している場合に限って(B)は厚労省の決めた額を(A)の部分は保険で賄い、(B)の部分は自費で払うことができる。これを 《 評価医療 》 と呼び、一定の期間を経て保険収載品として認可する。それは、たとえ、外国で認可され、使用されているくすりであっても、くすりの吸収と排泄という過程で出てくる副作用が人種によって大幅に異なることがあるからである。因みに、動物実験で重大な副作用が出てなくとも、人間に適用するととんでもない副作用が出ることもあることを考えればうなずけることである。
これまで、外国で許可されている新薬の日本の使用許可が下りるまでの期間が、アメリカとイギリスでは1年半位なのに、日本では4年もかかっていた。小泉政権時代、これを種にして混合診療解禁が声高に叫ばれていた。この時の経済財政諮問会議の混合診療解禁の意図は、(B)の部分に制限をつけずに極端に言えば何でもいい、ともかく、(B)の部分のみ自費で支払うようにすればいいという点であった。そして、この(B)の部分を民間の医療保険(アフラックなど)で賄い、(A)の部分を縮小し、(B)の部分を大幅に拡大することを目論んでいた。
今日、厚労省は、この4月より海外新薬の審査期間を大幅に短縮し、英米なみにするため、審査体制を大幅に強化するという方針を打ち出した。審査員を2007年度に比し3割増やすという。
これ自身は歓迎すべきことである。
混合診療の解禁はやはりすべきでない。《 治験 》 という形で特別な体制で解禁を防ぐ心算は国民に薬害・健康被害をもたらさないということである。
2008年3月29日
日本の医療が危ない! (9) 後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度
§ 後期高齢者医療制度は年齢による差別医療である ②
75才の誕生日を境に、75才未満で受けられる医療が大きく変ります。これはまさに差別医療です。
この制度の中で、後期高齢者診療料という新しい点数が設けられ、医療管理・検査・画像診断・処置はマルメと称され一括して600点(6000円)が医療機関に払われます。この600点の中で医療管理・指導・検査や処置を行いなさいという制度です(これを医療機関ではマルメと呼んでいます。包括払いという言葉も使われます)。ただし、病状の急性憎悪時にのみ一つの検査が550点以上の場合には、後期高齢者診療料600点に上乗せして請求することが可能です。胃カメラ1140点、大腸カメラ1550点、胸部超音波検査530点、心臓超音波検査880点、頚動脈超音波検査350点です。例えば、医師が心臓に雑音があるということで心臓の超音波検査で心臓のどの弁が悪く、その程度を確かめようとしても、880点-600点=230点=2300円の赤字が出るという時、医師はどういう行動をとるのでしょうか?
厚生労働省は、そんな場合には病院に紹介しなさいと言うでしょう。しかし、心臓の超音波検査ができる病院には、30キロ離れた病院にしか行けないとすると、患者さんに新たな時間と費用をかけさせることになります。もし、この医師が心臓の超音波がよくできるとすれば、赤字を出せということなのか!と心より怒ることでしょう。
また、お腹の調子がよくないと言って来た時、胃カメラをすると、1140点-600点=540点=5400円の赤字になるので、腹部の超音波検査をしたいと考えて、それを行った場合、600点-530点=70点=700円分黒字ですが、それでは人件費を賄えないということになれば、その医師はあまり気がすすまず、内服薬だけで様子をみましょうということにならないとも限りません。
このようにこの制度は診療制限の制度です。75才の誕生日前であれば、医師も患者も納得できる検査と治療を受けることができますが、上記のように、75才以上の後期高齢者医療制度では医師も患者も必ず納得できる医療を受けることができないとも言えます。
そういう意味で、後期高齢者医療制度は、年齢による差別医療と言わずして何と呼ぶべきでしょうか?
やはり、この制度は、国が 《 お年寄りお国のために死んでくれ! 》 という制度をわざわざ作ったとも言えます。
2008年3月28日
日本の医療が危ない! (9) 後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度
§ 後期高齢者医療制度はやはり問題! ①
75才以上の糖尿病や高血圧症、あるいは脂質異常症(高脂血症)などの慢性病を持っている高齢者は4月1日よりこの制度に組み込まれることになっている。
この制度の一番の問題は、後期高齢者診療料として、1カ月に1日受診時に600円を高齢者は払わなければならない。しかし、医院・クリニック・診療所では、そこの先生の得意とする内視鏡検査や心臓や腹部の超音波検査をする場合には、赤字を覚悟でしなければなりません。それでは経営的にその医院・クリニック・診療所は困るので、○○病院に行って下さい、と言わざるを得ません。このように、診療所でできる検査をさせないような仕組みを作っているのです。確かに、このようにすれば国の負担は少なくなるのですが、医療を受ける側にとっては、75才以上の方はできるだけ詳しい検査をするのは止めなさいということとなります。
まさに、75才以上の高齢者は粗診粗療に甘んじなさいということに等しい制度である。まさに 《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 という制度以外の何物でもありません。
だから、松本文六は ― 日本の医療の流れを変える会 代表 ― はこの制度の廃止を求めているのです。
2008年3月27日
日本の医療が危ない! (8) 診療報酬改定
診療報酬
§ 医療の崩壊を促進するような4月の診療報酬改定
日本は医院や病院を受診した折に、医療費としては若い人は、現在3割分を支払うことになっています。その中で、内科や小児科にかかったら外来管理加算という点数があります。この外来管理加算がこの4月より、5分以上患者さんと話したり診療をしないと外来管理加算はあげませんよ、という改定がなされています。
これをその通りに守ろうとすれば、1時間にせいぜい10人しか診てはなりませんと厚生労働省は言っていることになります。
冬の季節になると、小児科は嘔吐下痢症がはやります。1人の小児科医が1日に100人診なければならにこともしばしばです。しかし、5分規定を守ろうとすれば、10時間ぶっ続けで患者を診なければなりません。そうでなければ外来管理加算は認めませんということになれば、1人開業の医師や1人小児科の病院は完全にお手上げです。
中には15~20分かけて問診をし、診療をする。そして検査のために15~20分を要することがあります。30~40分かけて患者さんを診れば外来加算を6~8倍の加算をくれるのでしょうか? そういう規定はどこにも記されていません。
何故このような診療現場の実態とかけ離れた規定をつくるのでしょうか? これでは、昼食抜きで8時間で100人診たとすれば、監査の折に20人分の外来管理加算を返還せよということが起こり得ます。かつて規定に沿って厳密に監査をして多額の返還をさせられた医療機関がありました。それも高血圧の患者さんに食塩を制限せよと指導したということの一行がないから、指導したことにはならないという類いのことでした。
まるで、診療を制限し、多くの患者を診るなという“ 5分規定 ” である。医師は労働意欲を失い、医師という職業を放り出さないとも限らない悪法を堂々と厚生労働省のお役人は医療現場に与えようとしている。
まるで、現在の綱吉の “ お犬様 ” 政治の一端をみる気がする。そのこころは、あほらしくて、犬のいないところ、厚労省の関連出先機関のないところに逃げ出したくなる心境 !!
2008年3月26日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (17)
エッセイ 1
§ 父とノモンハンと地域医療
日本は、1931年に柳条湖“事件”を起し、中国東北地方(満州)に侵略を開始、1937年には盧溝橋“事件”を契機に中国本土への戦争をおっぱじめてしまいました。さらに、1939年ノモンハン“事件”を起し、1941年には真珠湾攻撃を端緒として太平洋戦争を協力に推し進めてしまいました。
私の父は、ノモンハン戦争に志願軍医として従軍しました。この戦争は、20人に1人の生き残りという凄惨(せいさん)な戦争でした。私は、小学校高学年~中学校の折に、父が、患者さんに《あんた、まだ生きちょったん》と話しかける場面に幾度が出くわしました。《何とひどい挨拶をする父親だなぁ》と、心の中で批判していました。しかし、よくよく考えますと、これはノモンハン戦争に従軍時の共通した朝の挨拶だったのでしょう。前日、朝食の席を同じくした者が翌日には姿を見せないという日常的な原体験が、一部の患者さんが他の戦地に従軍していたことを知っていたので、父はこのような言葉を挨拶代わりにしていまっていたのでしょう。
天心堂へつぎ病院の竣工落成式(1980年)に際し、父は《これ(へつぎ病院)は戦友の慰霊塔である》と言って声をつまらせた場面を鮮明に記憶しています。
ノモンハンでは死が日常的なことであり、生きて帰ることが恥とされていた時代でした。《自分の地域医療の実践をすること自体がノモンハン戦争で戦死した戦友たちへの鎮魂行為である》と語ったことがありました。
戦争は、日常的に人殺しの場を作ることです。《ノモンハン戦争の失敗を総括しておれば、太平洋戦争などは起さなかったはずだ。日本の物量はソヴェトの20分の1位しかなかったのだから。ノモンハン戦争の教訓をしっかり踏まえておれば、あの時代の戦争拡大はありえなかった…》と父はある時つぶやいていました。
《あんた、まだ生きちょったん》という挨拶が完全に死文化してしまう日本であって欲しいものです。私は、日本国憲法の基本的精神を体現している第9条を改変することを決して認めるわけにはゆきません。このような今の時代にこそ、私はしっかり戦争に反対してゆくつもりです。
2008年3月25日
日本の医療の流れを変える会
その他
§ このホームページは何のため?
丁度、走り出りながら、松本文六はいろいろ言いたいことを記しているが、これでいいのだろうか? と考え始めていたので、さる人の問いに《そうだな》と素直に受け入れることができた。
このホームページにあれこれ載せるに当たって、松本文六は自分の想いを社会に表明するべきだ。そうしないと《日本の医療の流れを変える会》といったってどういう団体でどういう考えなのかが判らないではないかという議論となった。とにかく、発信をしようということになり、松本文六は走りはじめた。しかし、周りの者はどうせ三日坊主で終わる。もし、書けなければ代筆しても良い。但し、1回 3,000円だ、いや俺が書く時は 1万円だと騒々しい。
こんなことで、3,000円や1万円払っていたら、どうしようもないと、とにかく書き始めた。途中、大して息切れもせず罰金を払わずにすんできたが、冒頭のさる人からの伝言である。アクセスして下さっている方だ。
しかし、よくよく考えてみますと、《日本の医療の流れを変える会》を作っておきならが、その趣意書さえ、このホームページに載せていなかった。ここに改めて、その趣意書を載せます。また、原点を忘れないために、この趣意書をいつでも参照できるようにしておきたいと思います。
*ホームページに《日本の医療の流れを変える会》の趣意書のページをつくりました。
2008年3月24日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (16)
時事エッセイ
§ 冤罪事件と驕った政治
2004年、実兄を殺害して家に放火し全焼させたとして、殺人と放火罪に問われた、片岸みつこ氏が福岡地裁小倉支部で無罪の判決が下された。これに対し、福岡地裁は19日、控訴をしないと公表。
これは、全くの冤罪(えんざい)事件で、警察がある女性を拘留させている片岸氏の部屋に意図的に入れ、自白を引き出すという巧妙な手口で犯人に仕立てあげたという。
しかも、検察は懲役18年を求刑したというから驚きである。
昨年は鹿児島県警の選挙にまつわる捜査で“ 踏み字 ”を行い、これまた冤罪だった。その冤罪を仕上げた張本人が、県警より表彰されていたというから開いた口がふさがらない。
今の政治は、自民・公明の衆議院での最大多数を傘に驕(おご)りきった政策を次々に出して、国会を空転させながら、それは野党のせいだと毎日のように責任転嫁を行っている。何ともみっともない姿で、これでは国際的に批判され、株が値下がりするのも当たり前である。
自民・公明の驕(おご)りがある意味で、検察・警察にも飛び火しているようにしか考えられない事件ばかりである。
片岸さんを追い込んだ警察と検察は、マスメディアを通してでも本人と社会にきちんと謝罪すべきであるし、何らかの形で処分されるべきではないかと私、松本文六は考える。
自民・公明は、今のままでは政権の座を降ろされるのには間違いないが、その空気を読めないというのはまさにそれぞれの末期状態を暗示しているのではなかろうか。
2008年3月23日
日本の医療が危ない! (7) 医療事故
経済・政治・国際
§ 診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会 ②
現在の案では、医療機関より医療安全調査委員会に届けられた診療関連死の事例については、医療者を中心とした調査の下での調査報告書が作成される。そして問題ある例については3通りの処理がなされる形になっている。
- 問題あり事例の解析で得た情報を医療事故の再発防止のため全国の医療機関で共有できる形で情報発信・提供する。
- 行政処分として、その医療機関に対して主にシステムエラーの改善を勧告し実行させたり、医師の再教育を施す。
- 故意によるもの、重大な過失、悪質な事例(例えば、事故を繰り返すリピーターや、診療録=カルテの改ざんがあった場合)に対しては警察へ通知する。
ここで問題なのは3である。医療事故発生時の届出の判断は、医療機関に委ねられているので、問題ありとすれば、その医療機関は届出をしないと判断するであろうことは容易に推測される。医療の安全性と質をあげるための制度が、医療事故をむしろ隠すことを推進する役割を果たすと言っても過言ではなかろう。
木下氏の講演では、警察・捜査機関に通知するのは悪質事例のみとしている。しかし、悪者は自ら悪事をしていることは常に認識しているということは古今東西普遍的な真理である。
だから、悪者は逃亡するのである。この真理がある限り、届出られた医療事故例はすべて、悪質ではないし、故意によるものではないのではなかろうか? 重大な過失と認識していれば、当初よりその医療機関は届出はしないと判断するであろう。
これに類することは、身近にゴロゴロしている。例えばイージス艦の事故で、事務次官らが二転三転前言をひるがえしたりしている例からも容易に想像できる。
私は、フロアから質問した。泥棒がわざわざ人の物を盗んだと堂々と名乗り出ることはありません。医療の安全性と質の向上を図る目的であれば、3は止めるべきではないでしょうか? と。しかし、意味が通じなかったのか、明確な回答は得られなかった。
私が3を止めるべきだと考えたのは、悪質な医療、重大な過失に連なる医療事故は、患者サイトがしっかりと認識し得るので、患者さんからの医療安全調査委員会に調査を申し出るシステムを設けた方がベターだと考えたからである。
このことは第3次試案の中で変更されるのか、しっかりみておく必要がある。
2008年3月22日
日本の医療が危ない! (7) 医療事故
経済・政治・国際
§ 診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会 ①
すでにこの件に関しては、これまで何回かにわたって述べた(2月21日、22日)。
厚生労働省はこの件についての第2次試案を出したが、医療界のあちこちから批判が続出したため、第3次試案を現在検討中である。
3月20日、午前10時半より大分県医師会館で、これに関する講演会が開かれた。講師は日本医師会常任理事の木下勝之氏。木下氏は日本産婦人科医会の副会長で、最高裁判所医事関係訴訟委員会委員でもある。そして、この厚労省の死因究明等の在り方に関する検討委員会の委員でもある。この委員会は、福島県立大野病院の産婦人科医の逮捕拘留を契機に発足した。
これまでのこの委員会での共通認識は以下のようになっている。
- 業務上過失致死傷罪により、医師個人を罰することは、真の診療関連死の原因究明にはならず、治療の過程で発生する医療事故の特殊性を考慮すれば、医療事故への刑事訴追はごく少数の例外を除き、馴染まない。
- このことを無視した業務上過失致死傷罪の適応は、かえって医師の安全と医療供給体制の確保(医師不足・病院閉鎖など医療崩壊のことをさす)を害し、患者や広く国民の利益にならない。
- 医療機関や医師が事故を報告するのは、警察ではなく、医療の担当官庁である厚労省とすべきであり、その傘下に事故の真相究明と再発防止を図るための中立的第3者機関を作るべきである。
- 医療に関連した死亡例のみを特別視はできない。したがって、医療事故すべてを免責することはできない。
- 限定的であっても、刑事罰の対象は存在する。
このような共通認識に基づき、『 医療安全調査委員会 』 の設置が現在検討されつつある。
しかし、今なお、その検討内容には問題が内包されている。
2008年3月21日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (15)
後期高齢者医療制度
§ 「後期高齢者医療制度」にメリットなし
3月21日午後、大分市大南地区の地域包括支援センター主催の勉強会があり、ケアマネージャーや民生委員の方々が約50名程集まっていた。
本日の講師は、不肖 松本文六で、演題は、『 高齢者をとりまく医療制度について 』 であった。私は主として、後期高齢者医療制度についての話をした。すでに、このホームページで後期高齢者医療制度は、《 お年寄りお国のために死んでくれ 》という悪法で廃止を求める活動を宣言している。その視点でお話をさせてもらった。約1時間話したあと質疑応答があった。その一つは、《 この制度でお年寄りにとってこれだけはいいという点はないのか? 》 という質問でした。
意表をつかれた質問で、少しうろたえました。頭を急激に回転させていろいろ考えたが、やはり、《 メリットはありません 》 とお答えした。全くといっていい程メリットはないのである。
もう一つの質問に、《 保険料を天引きされて、手元に残るお金が少なく、生活に困窮してくる人が出てくると思われますが、何か救済策があるのですか? 》 というのがあった。
《 ? 》 これも答えることのできない質問だった。 市の介護保険課の方が来られていたのでその方にお聞きしたら、《 大分市の場合は国保年金課に聞いて下さい 》 という返事だった。
次々に新たな問題が発生することは相違ないであろう。
2008年3月20日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ⑤
医療政策
§ Ⅴ 医療崩壊を防ぐ方策
すでに述べたように、もはや医療崩壊は雪崩がすでに始まっていて、それを防ぐことは不可能と言っていい。むしろ、再生のために何をなすべきかを考えるしかない。
第一には、医療費を大幅に上げ、医師数を大幅に増やすことである。表5に示すように、OECD平均に追いつくためには年約4兆5,000億円、OECD上位10カ国の平均に追いつくためには年約14兆円を投入しなければならない。サッチャーが医療に市場原理を適用したため、イギリスの医療はすさまじい崩壊現象を来たした。ブレア首相は、2001年に「医療費を1.5倍にする!」という公約を掲げ再選を果たした。日本にはその財源はある。財源はつくろうと思えばつくれるというのが国家経済に詳しい日本の学者の共通の意見である。どの分野に優先的にカネを使うかは政党の価値観と都合によって異なるにすぎない。
また、医師数は、OECD平均に追いつくために実数として約13万人増やす必要がある(表6)。数あわせでは、今の2倍に医師養成数を増やしても、約8年はかかる。しかし、免許を得た医師が独りで患者をきちんと診れるレベルに達するには約10年を要す。したがって、OECD平均のレベルに実質的に達するには20年ほどかかることが推測される。
遅きに失したとは言え、医療費総枠を増やし、医師の絶対数を増やすという二つのことを再生のためには何としてでも実行に移す必要がある。
これらは長期的な医療崩壊防止策である。臨時緊急的な措置としては、卒後臨床研修医の研修先を各都道府県毎に何人までと規制をかけることである。少しでも医療崩壊の緊急的歯止めをかけるとすれば、これぐらいしか方策はない。
これからの日本の医療提供体制への私の提案
- 医療は社会的共通資本として位置づける。この視座で医療政策を評価する。
- 累進課税の上限を旧に復し、GDPに占める総医療費の割合を現行の7%台から10%台とする。
- 医師の数を人口1,000人当たり4人以上に増員する。
- 専門医制度を見直し、日本の疾病構造に見合った定員数を設定する。
- 医師・診療所・一般医療機関の適正配置を推進する。
- 政策医療の細目を決定し、公私の区別をせずにそれを担う医療機関を選定し、病病連携・病診連携と役割分担を明確化する。
- 補助金及び受託金の公的医療機関への片寄りを全面的に見直し、公私を区別せず、官民格差を撤廃する。
【表5】
【表6】
2008年3月19日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ④
医療政策
§ Ⅳ 医療崩壊を促進した元凶
図1(3月18日を参照)にみるように、医療費抑制のために、診療報酬制度に市場経済原理を導入したことは、医療崩壊をさらに促進させた。
その最たるものが“平均在院日数の短縮化”に象徴される。わかりやすく言えば、1990年代半ば頃までは、老人の肺炎などは20日間位でゆっくり治していたが、これを10日間で退院させれば“報奨金”を出すというアメとムチの政策が診療報酬に反映されることとなった。そうすると医師・看護師をはじめとする医療従事者の労働密度は2倍となる。これが1~2年ならば何とか我慢できるが、1990年代後半から、診療報酬の2年毎の改定の度に平均在院日数短縮化報奨金制度という固いこん棒で尻をひっぱたかれ、医療従事者は疲労困憊(こんぱい)してしまい、ついには職場を離れて行った。また、病院経営が厳しい中で、2000年代に入って今度は救急医療に関しても“報奨金”制が導入されてきた。それまで、救急をやっていなかった一部の大赤字の公的病院まで“報奨金”を求め始めた。そのための要員を確保するために中小病院より医師・看護師などが引き抜かれ、中小病院が医師・看護師不足によってますます疲弊し、ついには病棟閉鎖や、診療科閉鎖が起こってきた。
7:1看護とは、1人の看護師が平均7人の患者を看るという体制を病院単位で用意すれば、大幅な“報奨金”を出すという方針が2006年の診療報酬改定で明示された。これを契機に、看護師の大移動が全国的規模で起こり、中小病院は経営的に首をしめられる状態に陥(おちい)ってしまった。これは、表4を見れば歴然とする。おそらく13:1以下の病院はほとんど赤字決算をせざるを得ないであろう。
このように、医療現場に医療費総枠を増やさず、市場経済原理を導入することにより、医療崩壊は極度に促進されてしまった。
2004年4月に始まった卒後臨床研修制度の開始により多くの研修医が都市に集中し、医師の偏在を促進。併せて大学に残る研修医が少なくなると大学病院の診療機能に支障を来たしたため、派遣先より医師を引き上げるという事態が発生。中小病院はそのために診療を縮小・閉鎖を余儀なくされ、地域の医療に大きな支障を来たし、地域医療が崩れ始めた。さらには、厚生労働省といくつかの医学会が病院機能の重点化・集中化の大合唱を始め、中小病院の小児科や産婦人科には最低2人あるいはそれ以上いないところには大学は医師を派遣すべきではないとして、医療崩壊の穴をますます拡げる役割を担ってきた。
他方、対患者という関係で医療崩壊が促進された大きな要因として、医療訴訟の問題がある。
神の力を借りなければ、あるいはその現場の技量だけではどうすることもできない不可抗力の事故が訴訟に持ち込まれると、病院も医師も疲れ保身化してしまい、保身医療が跋扈(ばっこ)しはじめ、医療のソフトが自壊しはじめたのである。
これらのことはⅠの部分で述べた(3月16日を参照)ので繰り返さない。
以上を言葉としてまとめると、以下のようになる。
医療崩壊とは?
病院勤務医が、様々な医療政策の朝令暮改的な改変やマスメディアの過度にして不正確な医療“事故”報道などにより、その勤務の過酷さに耐え切れず、マイペースで私生活と診療が選択できる開業へと走ったために、病院が医師不足により閉鎖されたり、診療科の縮小・閉科に伴って、患者が従来通りの至便な医療が受けられなくなっている状況の総体的表現である。 <2007.11.5 松本文六>
【表4】
2008年3月18日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ③
医療政策
§ Ⅲ 医療崩壊の元凶
この医療崩壊の要因を図1で説明する。
【図1】
最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、 最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、1983年当時の厚生省保険局長吉村仁氏の《医師数が増えると医療費が増大する》という“医療費亡国論”に拠(よ)る。そしてそれが、つい最近まで、厚生労働行政の中核的思想と化し、医療行政の隅々にまで根をはいまわらせていた。この考え方は化石化していると国が認識したのは、何とつい先日の2008年2月12日の内閣答申書だ。《 医師数は総数として充足している状態にはない 》と。それも、毎日のようにマスメディアを賑わしている医師不足のニュースとねじれ国会という外圧によるものだった。医療費亡国論が主張された1983年前後より、医学・医療はすさまじいスピードで変容した。1970年代後半には内視鏡が開業医レベルで使われ始め、CTという大型診断機器の出現やH2ブロッカーという抗潰瘍剤の開発は、医療を革命的に変容させた。CTは脳卒中やがんの診断確率を大幅に上げ、H2ブロッカーは、それまで外科の主要な手術対象疾患であった胃・十二指腸潰瘍を激減させた。外科医はもう要らなくなるのでは? という嘆き節が流れる程、医師たちへの衝撃はすさまじく大きいものだった。さらに、MRIや心筋梗塞の緊急手術手技としてのいわゆる風船療法の普及、RETの出現などにより、従来の医師が果たしてきた守備範囲が一挙に狭められ、従来の医師数のみでは医療現場は患者の要請に応えられなくなってきた。すなわち、医学・医療の革命的な進歩によって医師の絶対数の不足が顕在化してきた。原口仁局長の医療費亡国論が出された1983年にはすでにその予兆は出ていた。
OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中、日本の人口1,000人当たりの医師数は2003年当時は何と27位、G8の中でも最下位だ(表2)。
また、日本のGDP(国民総生産)に占める医療費の割合は、OCED中22位である(表3)。最近のアメリカにおける実証的な研究では、「医師数抑制は医療費抑制に直接的影響はほとんどない」と結論づけられている(愈炳匡:『「改革」のための医療経済学』2006)。医療費亡国論政策は、止まった時計を大事に抱えてすでに二廻りもしているのに、この時計は止まっていないと言い張り続けた頑迷固陋(がんめいころう)な厚生~厚生労働官僚によって固辞しつづけられた、それが故に、現在の医療崩壊がもたらされた。その元凶はまさに医師養成数の制限と医療費抑制政策であった。
【表2】
【表3】
2008年3月17日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ②
医療政策
§ Ⅱ 医療崩壊の要因
(1)見えない医療従事者の思い
2006年4月の診療報酬の3.16%の引き下げ、2005年10月の介護保険施設での食費・居住費の自己負担化及び2006年4月の介護報酬4.7%切り下げは、医療・介護現場にさらなる崩壊を促進させてしまった。医療も介護も《きつい・汚い・危険》な3K職場と言われている。手を汚さずに優雅さを求めている人たちに、今の政治は手を差しのべ、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるような社会の中で黙々と働いている人たちや施設にとって、それは痛切な打撃となって、投げ込まれた小石による波紋が急激に拡大するような形で彼らの疲労感を増長させていった。このようなことを話すと、《あなたたちは結構賃金はいいのではないの。あなたたちが言うのは信用できない。自分たちの賃金のことしか考えていないのだから》と、組合幹部から言われることがある。問題はそうではない。“痛切な打撃”の意味は、これでは《患者さんに、利用者さんにこれまで以上のサービス提供は到底できない。医療やサービスの質を上げ(これまで、そのような名目での介護報酬や診療報酬が提示されたことはかつて一度もなかった。それぞれの施設での自弁が強いられていた)ようにも、その費用がなくなってきました。私たちの処遇のために言っているのではありません。》という、哀しくも痛切な想いのことを指している。空気の読めない組合幹部の何と多いことか !!
(2)行政も理解していなかった医療現場の過重労働
また、2006年には、労働基準局が病院の医師の勤務時間調査をし、今の病院の当直は労働基準法の当直・宿直業務に相当せず、普通勤務と変わらない。それに見合った医師数を揃えよ! という“トンデモ通知”をしてきた。確かに、医師の当直は、二次救急病院等急性期病院では、翌日勤務も併せると、連続32時間以上の勤務は常態化している(表1)。とりわけ中小の病院ではそうである。地域の医療を担っている病院は、100~200床規模が大部分である。そこに勤務する医師にこの労働基準法を適用すれば日本の救急医療はまったく機能しなくなってしまう。この法の遵守を強制すれば、中小病院の医師は労働意欲を失い病院を辞めて開業する。そうすると、そこにかかっていた患者が大病院に集中し、そこの医師はさらに疲弊してしまい、勤務医を返上してしまうという壮大な負の循環が始まることとなる。このような中で、厚生労働省は、医師の常勤換算を1人週32時間とするという通達を出した。これは彼らの辻褄合せの論理であって、病院医療の当直の実態は何一つ把握し理解していないばかりか、“週32時間労働”という形でお茶を濁し、医療現場を改善する気は毛頭ないことが明らかになった。この時点でもなお厚生労働省は《 医師は充足している 》 と頑固に主張し続けていた。空気の読めない役人の何と多いことか !!
このような空気の読めない政治家・役人・組合幹部をはじめとする偉い方々が現実の医療崩壊を招いた。これはまさに人災だ。
2008年3月16日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ①
医療政策
§ 医療崩壊のはじまり
現在の、日本の政治情況は坂本竜馬が生きた時代に酷似している。そして、日本の医療は崩壊過程に突入している。これは当然ながら政治の責任であるが、政治そのものが迷走している現在、医療はますますその実質を失い、変容し、マイケル・ムーアの映画『シッコ』が糾弾しているアメリカ的民間医療保険会社主体の医療に近づかざるを得ない環境に置かれている。
以下、医療崩壊の要因とその崩壊を防ぐための方策について述べる。
Ⅰ 医療崩壊のはじまり
医療崩壊という言葉はいつ誰が使い始めたのか? 少なくとも、小泉政権の成立以後使われ始め、『骨太方針2005』に基づいた2006年の診療・介護報酬改定の頃より、この言葉は次第に頻繁に使われだした。私は、2002年、日本病院会雑誌に《小泉改革の正体 ― それは皆保険制度の解体 ― 》という小論を投稿したが、当時それ程反響は呼ばなかった。それは、崩壊を象徴するような医療に関する“大事件”がなかったからである。その発端となったのは、2004年12月17日の福島県立大野病院での帝王切開後の妊婦の死亡“事件”だった。これは《不可抗力で予見不可能な診療に関連した死亡事例》であったにもかかわらず、当時のその病院管理者は、これを医師法21条に基づいて警察に届け出た。その届出から1年以上もたった2006年2月18日に当該産婦人科医が外来診療中に警察に直接踏み込まれ逮捕された。これが産婦人科医のみでなく、彼らを跳び越して臨床医の、とりわけ真摯(しんし)に医療に取り組んでいる医師たちの憤激を買った。《これではお産なんかやっておれない、いつ夜中に起こされるか判らない、24時間365日オンコール体制で命を縮めながら診療しているのに、予見できない不可抗力な医療事故さえも刑事事件として取り扱われるのでは医療はやっておれない !! 》と産科診療を辞める産婦人科医が続出し始めた。この“事件”が医療崩壊の大きな始まりとなった。
ちなみに、大分県では、人口合計約12万人の県北の中津・国東両市には2004年にはお産を取り扱う医師が10人いたが、この1月にはたった1人になってしまった。また、県南の人口8万数千人の佐伯市では、2004年に6人いたが2007年4月には同様に1人になってしまった。例年の分娩件数500件程の県内地域ではこれだけの分娩を扱うのは不可能である。
2008年3月15日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (14)
医療政策
§ 若い医師たちは何を考えている?
最近、若い医師との世代間ギャップをしばしば感じる。
世の中が変り、時代が変り、医学・医療が大きく変容してきているのであるから当たり前といえば当たり前である。
何が一番違ってきているのか? と問われると、 《 自己中心的 》 と言える。これは、多くの同世代 ~ 50 才代の医師と話している中で、この感慨はどうも共通している。
ある医師曰く、 《 40才男性医師が、私の病院に就職したいと来たんだが、当初から給料は○○円位、当直ははずして欲しい、土日・祝日は休ませて欲しいと言うんだよ。うちのような中小の2次救急医療施設では他の医師とのバランスから考えると、雇う訳にはいかないもんな。 》 と。
また、別の医師曰く、《 病気は24時間365日待ってくれないということが解っているのだろうか? まるで患者に対して、常々医者の都合にあわせてくれといっているようなものだ。このあたりの感覚が俺たちには解らないなあー 》 と。
何故なんだろう? 小生、松本文六は、今の大学医学部・医科大学の入学形態を変更しない限り、この主の愚痴 ( ぐち ) はなくならないだろうと思う。現在、高校卒業時に自らの一生の仕事として医療職、とりわけ医師を選ぶ基準は何であろうか? ここ3年間、大分大学医学部の臨床薬理学のクリニカルクラークシップを1単位受け持たされているが、その折にどういうことで医学部を選択したのか? と問うと、明確に臨床医をめざして進学したという学生の数は少ない。
偏差値が高いと、高校の教師から医学部はどうか? という形で医学部に来たという学生が結構多い。親としては、医学部に入れば、就職の心配がないから即賛成するようだ。
しかし、最近の医療崩壊の中で、ある県の医師会長は 《 孫が医学部に行きたいと言ってきたので即やめておけ 》 と言われた由。親や親戚に医師がいるかいないか全くそのような関係性を持たない高校生は、教師と親の意見で医学部に進むケースが結構あるようである。そこで決定的に欠落しているのは、 《 お前に医者としての適性はあるのか? 》 という質問である。これは、教師などがその高校の進学率や医学部合格率を云々するのではなく、本人の性格と考え方を踏まえ、医者としての適性の有無を判断すべきである。本人がそれを考えきれば問題ないが、しかし18才でその判断は難しいのではないのか?
私、松本文六は、 《 4年制の大学を卒業した者にしか医学部や医科大学の受験資格を与えない 》 とする方がいいと思う。ロースクールの形でメディカルスクールの制度をつくるべきだと思う。
そうすれば、医者として適性のある者が今より多くなり、土日・祝日・時間外は仕事しないというトンデモ医者は姿を消すと思われる。ただし、国が日本全体の医師数は現在人口1,000人当り2人であるが、それを倍の4人を目標にすると宣言しない限り、この点の問題点も改善されないであろう。
*ホームページに「文六つうしん バックナンバー」のページを設けました。文字を大きくして、読みやすくしています。このページを同じ内容です。ぜひご覧下さい。(編集部)
2008年3月14日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (13)
時事エッセイ
§ 国税庁の職員も唖然とした脱税者
脱税する者は巧妙に脱税すると考えていた、小生、松本文六には、その想いをひっくり返すような報道があった。
父親より相続した59億円余りを、自宅車庫にダンボール箱につめて隠していたという。その車庫に山積みされたダンボール箱に1万円の札束がぎっしり入っており、中には虫食いやカビで保存状態の極めてよくないものもあったという。
一体何のために脱税したのか? と庶民はもったいないなあ!とタメ息をついている。それにしても、国税庁は2004年に父親が死亡しているのに、何で今頃になって逮捕するのか? とあまりにも遅い執行に小生、松本文六は疑問に思う。
国税局の職員も唖然とする間抜け脱税者の脱税をどうして見抜けなかったのか?
陰に極めて有能な会計士か税理士がついていたとか? このような場合、彼らは処罰されないのであろうか? 悪を助ける会計士や税理士は社会的に処罰されていいと思うのだが。
2008年3月13日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (12)
医療政策
§ 救急の “ タライまわし ” ③
何故こうなったのか?
(1) 一つは救急患者を受け入れる二次救急病院の当直医に専門外の患者さんが来られた場合
当直医がその診療に自信がないと断ることが多くなった。その背景には医療裁判の増加である。例えば、脳梗塞の患者の場合、現在は最新の治療 ( A - PA 療養) が要請されている。もし、当直医が整形外科医で A - PA 療法を経験したことがなく、自信もないとしたら、救急隊より 《 脳梗塞のようです 》 と連絡があった時点で、《 申し訳ないが、それは○○脳外科か、△△病院にお願いしてくれ 》 と答えることは容易に想像がつく。
それは最近の医療裁判では、《 脳梗塞の治療には A - PA 療養というのが主流になっている。にもかかわらずそれを施術しなかったのは、問題があるのではないか!》 と患者側の気持ちから追及される。このような中では、当直医自身が自分の自信のない領域を避けようとするのは極自然の反応である。
(2) 医師も人間です!
世の人々は医師は万能であるべきと決めてかかっていることに、私たち医師は困惑している。医師も人間です、酒を飲んで診てくれるな! と休みにもかかわらずオンコールのため呼び出される医師の立場も少しは考えて下さいと言いたくなるのも人情です。患者の皆さん、医師は聖人ではありません、万能ではありません。時に失敗することも事実あります。100%を要求されると医師たちは逃げ出したくなります。これが、今の医師不足の大きな一因であり、タライまわしの一因でもある。
(3) 診療報酬の経済誘導の結果
二次救急病院から断られ、三次病院に運ばれるケースが最近増えている。そして三次病院がパンクしそうになって来ている。この原因には、《 救急患者を沢山みれば “ 報奨金 ” を出します 》 という診療報酬上のシステムが2002年より始まり、その中で救急車で来た患者が多ければ多いほど診療報酬が高くなる仕組みを厚労省が作ったことにある。時間外に来られる場合には救急車で来て下さいと、対外的に患者さんに向かって救急車の利用をすすめた。これ位で救急車が利用できるなら今後も使おう、行き先はこちら ( 患者側 ) の意向で運んでくれるのなら、あっちの大病院の方が安心だと大病院への救急搬送が多くなった。因 ( ちな ) みに、この10年間で救急車による搬送は300万人から500万人に増えたという。そかもそのかなりの部分が軽症者だ。
これは診療報酬で経済誘導 ( 急性期特定入院加算方式 ) し、そして患者さんのブランド志向を刺激したため、二次救急病院を一挙に跳び越して三次救急病院への患者が急増し、今やパンク状態になってきた。埼玉医科大学医療センターの救急患者は、数年前に比べると4倍になったという。しかも、その大部分が軽症者であるため、時間外受診者に対して1回につき 8,400 円を請求したいという案を昨年公表した。今どうなったかどうか、私はまだ調べきれていない。
(4) 政策の失敗をきちんと総括せよ
救急患者の “ タライまわし ” の陰の功労者 ( !!!? )は診療報酬のカラクリが大きかったということは未だ誰も書いていないが、厚労省の罪は大きい。このような混乱の張本人は、医療費抑制のため医療に市場経済原理主義 ( 報奨金制度 ) を導入した小泉政権と厚労省にある。そしてそれを主導して来たのは小泉政権下の経済財政諮問会議であったということを肝に銘じるべきだと私、松本文六は思う。しかし、このような政策の失敗の責任をとったという話は未だかって聞いたことがない。
これだけ、医療現場を混乱に陥 ( おとし ) れた役人はやはり責任をとってもらいたい。新たな政策を出す時にはシュミレーションをして、その光と影の分をきちんと分析し、事前に公表すべきであろう。影の分は知らんよ! というのは何としてでも止めさせるべきである。少なくとも2年前の診療報酬改定に当たった厚労省の責任者は2年後には必ず総括文書を国民に向けて出して欲しい。否、出すべきだと松本文六は考える。
総括→仮説→実行→光と影の総括、という循環をきちんと踏まえてゆけば、馬鹿げた医療に関する法律や省令・通達などは生まれて来ないであろう。
2008年3月12日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (12)
医療政策
§ 救急の “ タライまわし ” ②
救急指定病院の返上が全国で続いている。
朝日新聞は自社で全国調査をし、2008年 1月14日、その集計結果を公表した。
2005年10月から 2007年10月の間、2次救急病院が 3,996病院があったが、235病院がそれを返上したという。新たに救急を始めた病院もあり、2次救急病院は174病院減ったという。最も多かったのは福岡県で、何と26病院減ったという。12.4%減である。
東京・大阪はそれぞれ 326、254病院のうち、この2年間でそれぞれ 15、14病院が2次救急指定病院を返上したという。
そのほとんどが、医師が少なくなり、対応が実質的に困難になったためだという。スタッフが少なくなったのは大都市よりも地方で著しかったという、愛知県高浜市では唯一入院できる病院だった高浜市立病院(当時90床)は、2007年5月、2次救急指定病院を返上したという。医師が多い時は 13人いたのが、大学病院による医師の引き揚げで内科・外科各1人計2名になったという。病院を縮小して 44床にしたという。そのため 2007年度は 6億円の赤字を抱えることになるという。
これらは氷山の一角で、天心堂へつぎ病院もどうなるのか、正直先行き不安でもある。当直医を一部他の病院からの医師派遣で糊口 ( ここう ) を凌 ( しの ) いでいる。とりわけ、一時期 3人いた小児科医が現在は1人となっており、患者さんが必ずしも満足のゆく対応ができない場合もある。具体的には、これまでほとんど子どもを診療したことのない医師の場合、小児診療を深長に起すのが躊躇 ( ちゅうちょ ) されて、大分県立病院や3次救急病院のアルメイダ病院にお願いせざるを得ない時が当然ながらあり得る。
それに、専門領域以外の診療の経験と教育を受けていない医師の場合、万が一トラブルを起こしたらどうしようという不安が先に立ち、窓口で診療を遠慮していただく場合もある。これは、現在の若い医師の場合に特に著しい。全国的な規模で、いわゆる “ 保身医療 ” が増えている傾向にある。一度トラブルに巻き込まれた医師は、医師という仕事を辞めなければいけないのではと深刻に悩むケースも結構あるようである。
国は病院は多すぎるということで、病院規制を始めた。これも医療費を抑制するためである。いい例が療養病床 38万床を 2012年3月末で 15万床にする方針であったが、それでは医療難民、介護難民が増えるではないかという批判があちこちより出て来て厚生省もついに緩和して 20万床あたりに落ちつけようと方針を変更した。医療費を抑制するために、診療科の重点化、集中化を打ち出しているが、それによって地方の病院の規模縮小と病棟閉鎖あるいは病院閉鎖および診療科の閉鎖が惹 ( ひ ) き起こされる。
医療・介護・福祉・教育・保育は国民の生活に最も必要なものであり、それが身近にない限り、安心して暮らしてゆけないということを政治家と役人はもっともっと知るべきである。それを変えたいと思って、小生、松本文六は参議院議員選挙に出たのであるが……。
医療を変えるためには、介護・福祉・教育・保育を変えるためには、日本の政治の根幹より変えなければ日本の将来はないと松本文六は確信している。医療・介護・福祉・教育・保育に金をかけない政党には次の選挙の折にははっきり N O! と拒否権を発動しましょう。
2008年3月11日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (12)
医療政策
§ 救急の “ タライまわし ” ①
今日( 3月11日 ) ニュースだったか、いわゆる “ 救急患者のタライまわし ” が、昨年全国で1000件を越えたという。マスメディアの論調は、2、3年前に比べると、その趣きが変わってきていると、小生、松本文六は想う。
従来は、《 これはけしからん。病院は何をしているのだ !! 》 という論調であったが、最近は、《 どうも医療がおかしくなっているのでは? 》 という風にマスメディアも少し医療が崩壊してきていることに気づき始めたように思える。某大学の某教授曰く、《 医療のことについては、素人には判りにくいのではないのか? “ タライまわし ” の報道が今以上に多くなってくるのは眼にみえている。患者や病気を持たない国民が、やはり医療が大変だ、俺たちのいのちはどうなるのか? というような極端な不安状況に陥 ( おちい ) らないと、政治家や国やマスメディアは本気で動こうとはしないのでは? そういう意味では “ タライまわし ” 報道をジャンジャンやって欲しい。》 と。
このような一言を耳にすると、その教授はどこの何某かと問いただそうとするメディアや国民がたぶん多くいると思う。今や大学病院でさえ医師不足でヒィーヒィー言っている。その本音が先の 《 》 内の言葉として出て来たと松本文六は想う。
国民が、政治家が、マスメディアが、単に医療界批判するのではなく、どうすれば、自らのいのちに直接関わる医師や医療がこんなにおかしくなってきたのかを考えるべきである。
冒頭のニュースの中で、こんな一言があった。救急車があちこちの病院に連絡し、受け入れ可能な病院に患者を搬送するまでの時間が救急隊に要請があった時間から計算すると何と5時間もかかったという。
今の “ タライまわし ” の状況は、今後とも続くと思われる。国が大胆な的確な対策をとらないと。
松本文六は、根本的には、国の ① 医師は充足している ② 医療費をこれ以上増やすと国が滅びる という二つの前提で 1983 年以来医療政策をすすめて来たことに原因があると考えている。しかし、この二つを是正するには 10 年以上かかる。とりわけ新卒医師の数を2倍にしても現実の救急タライまわしを解決するには 10 年以上かかる。
では緊急対策とすれば、どうすればいいのか? 唯一、都道府県毎に人口に見合った研修医の定員枠を設置、研修医の恣意 ( しい ) のみで病院選択と移動の自由を規制することである。
そうでないと、サッチャーが 1980 年代にイギリスの医療を崩壊寸前まで追い込んだような現象が日本で明日にでも起こるということである。
2008年3月10日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (11)
時事エッセイ
§道路特定財源問題
これが国会では問題になっているが、庶民 ( = 自分の生活と仕事に追われて、他の領域について詳しく知ろうとしても、その時間的余裕を持てない人々 ) である松本文六には、問題の本質を捉えることがなかなかむつかしい。医師不足の環境の中では、患者さんの診療に追いまくられて医師自身が医療を良くするために何をすればいいのかとその方策を練り出すのにも時間に追われてできないのが現実である。一人の医師が、こう考えるといってもそれを他の人たちに伝え、意見交換をする余裕と場が持てない。そのために、医療に関して何も判っていない政治家と役人が問題の解決どころか、却 ( かえ ) って現場を混乱させる方策ばかりを次々に出してくる。このような事態は大変危機である。日本医師会や病院団体の役員でさえ、極く少数の者を除いては専従ではない、かけ持ちである。これでは、政策提言に向けての医療界内部の議論の場さえも持てないのは理の当然である。まさに壮大な悪循環である。
このような状況は医療分野だけではない。政治の世界もそうであろう。だから混迷しているのである。
政治の今は、坂本竜馬の時代である。と捉えるべきではないのか。今の政治状況は、黒船来航以後の幕末の混迷の域に達した徳川幕府老中政治と酷似していると、松本文六は考える。
閑話休題。
道路特定財源とは、建前としては、自動車所有者から税として徴収し、それを道路整備に活用する財源を指している。 2008年度のこの税の見込み額は約5兆3000億円という。このうち国に約3兆3000億円、地方に約2兆円が配分されることになっている。ここまでは判る。しかし、このあとのことが判らない。だから議論できない。調べば良いというのだろうが、今その時間的余裕はない。
小生、松本文六が知りたいのは、約5兆3000億円を、暫定税率を廃止したとすれば、税収はいか程になるのか。暫定税率を廃止するとすれば、その差額分は、当分、何で手当するのか。各県知事が問題としているのは、民主党のいうように時限立法の期限 ( この執行の期限は3月末日 ) が間近に控えている現在、廃止すれば良いというが、そうすると、2008年度の予算が組めない、これでは困ると言っていると松本文六は推測する。それに対して、道路財源の一般財源化には絶対反対、10年間すべて道路に使うとまくしたてる冬柴国土交通相、民主党他は税率廃止、環境税への転換と主張するから、ますます松本文六は判らなくなる、理解しにくい。
この際、暫定税率をこの1年だけ延長してくれと与党は主張すべきだ。しかし、暫定税率は2009年度には一旦廃止して、その本来の税率との間に生じる差額分をどうするのかについてこの4月以後、しっかり協議しましょう、あらゆる税制そのものを見直し、増税の形も含めて改めてしっかり協議しましょう、と自民党は何故言えないのか。庶民としての松本文六は呆 ( あき ) れている。皆さんはどうお考えでしょうか?
政治は、国民の生活が困っている時には、即それに対応する必要がある。国民が最も望んでいる方向を的確に捉えて手を打つことが肝要。今の与党・野党とも自らの建前にこだわりすぎ、問題をますます混乱させ、何も解決できないというのが今の政治だと松本文六は考える。
だから、今は竜馬の時代だ!と松本文六は主張している。 KY 政権と KY 野党 !!
2008年3月 9日
日本の医療が危ない (6) 後期高齢者医療制度の即時廃止を!
経済・政治・国際
§後期高齢者医療制度の即時廃止を !!
私は、本年4月より実施予定の 『 後期高齢者医療制度 』 の廃止を求めます。それは、世界に冠たる社会保障制度として国際的に評価されて来た日本の国民皆保険制度そのものを崩壊させる思想と仕組みが内包されていると考えるからです。
1961年に発足した国民皆保険制度は “ 救貧より防貧! ”を 中心思想として出発しました。それは確かな歩みを進めて来ましたが、混合診療解禁と株式会社の医療業参入を推進して来た小泉政権の時代に急転回させられはじめました。社会保障の根幹をなす “ 公助 ” を削減し、 “ 自助 ” に相当する自己負担を大幅に増やすことにより、日本の医療の最大の特徴であるフリーアクセスが崩れはじめました。さらに、医療・福祉・介護・教育・保育の分野に市場原理が導入されることにより、医師及び多くの医療従事者が疲弊してしまい、医療機関の経営危機を招来し、医療崩壊の道に突入させられてきています。これに伴い、医療受給環境は極端に悪化してきております。
このような中で、年金でしか生活の糧を得られない高齢者に、医療を受ける権利を奪ってしまう仕組みが内包された後期高齢者医療制度が実施されようとしています。その仕組みの問題点は以下のように多岐にわたります。
- 相次ぐ年金の切り下げ、定率減税の廃止、扶養控除の廃止、介護料の天引き等が続き、手元に残る高齢者の年金は大幅に低下しています。
- その上に、後期高齢者医療制度の保険料を天引くことになりますと、ますます受取る年金が少なくなります。
- また、現在給与所得者の扶養家族になっている高齢者約 200 万人は、新たにこの保険料を納入しなければなりません。75才以上の夫婦二人暮らしの場合、この制度は個人単位ですので別々に2人分の保険料が引かれます。これらは高齢者個々人に対する実質的な “ 増税 ” に等しいとも言えます。
- 現在75才以上の高齢者で、国保料及び介護保険料の滞納者が約1割いるといわれています。この人たちは、後期高齢者医療保険料も必然的に払えなくなることは目に見えています。その場合は、資格証明書 (*) が発行され、医療機関にかかる時は、いったん10割全額を現金で払わなければなりません。このような人たちは、継続して医療を受けることができるのでしょうか?
- しかも、自治体によって後期高齢者医療保険料の額にはバラつきがあります。財政力豊かな東京都練馬区では、旧ただし書き所得別 (*) の保険料を従来の国保料と比較しますと、年収 235 万円以下の人たちは保険料が割り増しとなり ( 最大 120.9% ) 、285万円以上の人たちの保険料はむしろ減額 ( 最大マイナス 23.7% ) になります。低い年金生活者の保険料は増え、より高額所得者の保険料は減る仕組みとなっています。低所得者により多くの負担をさせるということは社会保障の理念に反します。 < 3月4日の図表を参照して下さい。>
- この制度での医療費総額が予算をオーバーしますと、その超過分を保険料の値上げで賄わなければなりません。75才以上の高齢者に加えて65才以上の障害をもったハイリスクグループで保険料を負担するのですから、ゆくゆくこの制度の財政破綻 ( はたん ) は火を見るより明らかです。その場合には、さらに資格証明書の交付される高齢者は確実に増えます。
- 後期高齢者医療制度の診療報酬は包括制となっていますから、75才未満で受けられた医療に比べると、粗診粗療を強いられることともなります。元厚生省の局長まで務められた現大阪大学教授の堤修三氏は、この制度は 《 たちまちのうちに “ うば捨て山制度 ” と化すだろう 》 と明言されています。
とりわけ、高齢者は経済的基盤が弱いため、受診を控えざるを得ず、必然的に重症化して受診することとなり、結果として高齢者の死を促進させることとなります。
現在の高齢者の多くは、青年時代には 《 若者はお国のために死んでくれ 》 と言われて戦場に送られ、1945年の敗戦後は日本の再生のために必死に働き続けて、日本を世界第2位の経済大国に押し上げてきました。このような高齢者に対して、この後期高齢者医療制度は、まさに、《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 と言わんばかりの制度です。 《 一患者一医療機関 》 という制度の縛りの中では、実直な高齢者は転医することさえできないでしょう。
さらに、この制度には1~7まで触れましたように、受けられる医療を年齢によって区別し、弱者は救済され得ないという制度ですから、日本の社会保障制度の根幹を崩壊させる制度でもあります。
以上のような理由で、私はこの制度の廃止を求めます。さもないと、この制度が他の社会保障制度そのものまで侵蝕し、日本の社会保障制度は完全に崩壊させられてしまいます。
後期高齢者医療制度の即時廃止を求めます !!
*「資格証明書」 国民健康保険税を特別な事情もなく1年以上滞納すると、保険証を返還し、変わりに交付される証明書。
*「旧ただし書き方式」は、総所得額等の合計額から基礎控除額(33万円)を差し引いて所得割額を計算する方式。国民健康保険法施行令第29条の7第4項。
2008年3月 8日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (10)
時事エッセイ
§官僚の真理
道路特定財源を使って国土交通省関連の財団法人が、超豪華な自己負担なしの職員旅行を例年やっていたというニュースが流れた。
防衛省守屋事務次官の税金の横流しを通してのゴルフ三昧 ( ざんまい ) については、国民は驚きを越えて憤りを噴出させるのも忘れるほど唖然としてあきれ返ったのは、つい先日の出来事だった。挙げればきりがない程の役人の体たらく。この国は一体どうなっているのだろうか?
元々、今の役人は、2つのことしか考えずに仕事をしているのではないかと、松本文六は以前より公然と言い放っていた。一つの責任をとらないこと、そしてもう一つは自らの老後を如何に優雅に過ごすかということを四六時中追求してきたと。これは、どうも普遍的な真理 ( 官僚の心理、終生目標 ) だと松本文六は確信している。彼らの行動は、この2つの軸で説明するとほとんど可能である。
3月4日、日本病院会の地域医療委員会出席のため上京した。ホテルでかいま見た毎日新聞に面白い記事が載っていた。
先輩と後輩の会話として牧太郎さんはひっそりと語っている。 「 どうしたら出世できるのかな?」 というつぶやきに対し、先輩氏曰く 「 他人のせいにするすべを学ぶことだ 」 と。 続けて、 「 何でも他人のせいにする。絶対に責任をとらない。これが出世の要諦だ。」 「 個人的に責任転嫁することには限界がある。組織的に他人のせいにするんだ。」 さらに、こういうくだりがある。 「 キャリア官僚は1年半位ですぐ異動するだろう。長いこと同じポストにいれば、必ずボロが出る。早く異動するのは、組織的にノンキャリアのせいにするからだ 」。 そして、都知事は無担保・無保証の新銀行東京をつくっておいて、焦げ付きでニッチもサッチもいなかくなったら、旧経営陣のせいだ!と自らの任命責任はないと公言した !!
どちらを向いても偉いさんにはどうしようもない人間ばかりで、憤りと怒りで松本文六はよく死なないもんだとも思う。そう、彼らを追放しない限り、当方もいい死に方はできそうにない。
東大寺の仁王様を忘れずに心静かに頑張ろう。
2008年3月 6日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (9)
医療政策
§ある高級官僚の話 ②
ちょうど、彼が入省したのは、1960年と1月とあり、61年には国民皆保険制度が出来た時期で、彼の志と一致して仕事ができたということは、まさに強運の下に生まれて人間と生まれた人間といえるのかもしれない。全体の印象は能吏である。
当時の皆保険・皆年金の考え方は、《 救貧から防貧へ 》 《 先進諸国に追いつき追い越せ 》 という標語、スローガンに象徴されている。
第一次オイルショック (1973年 ) を経て、80年代になると国の財政は次第に悪化し、それとともに高齢化が眼の前に来ているということで社会保障制度の見直しが始まったという。
1983年、当時の厚生省の保険局長吉村仁氏は 『 医療費亡国論 』 を提唱した。《 医師数増大が医療費を増嵩させる 》 と主張し、医師養成数抑制の閣議決定を引き出した。何と25年前のことである。それが、現在の医師数の絶対的不足による医療崩壊をもたらしたことについて、古川氏は全く触れていない。能吏とは、自分の失敗について少し反省し、触れても、同僚に対する批判は一切しないところにその典型的な特徴がある。
彼は言う 《 2003年の OECD の統計よると国民総所得に占める総医療費の割合は OECD 30ヵ国中の22位であり、医師数のそれは27位である 》 と最新の情報には触れていた。しかし、医療崩壊に対する彼の考え方は、① 絶対的に医師が不足していること ② 社会が変化し、医療が変化し、意識が変化している ③ 卒後臨床研修を始めたこと、在り方に問題があったと。
そしてこの崩壊の危機を止めるには、
- 日進月歩の医学を現場に反映させること
- 良質な医療サービスを提供すること
- 医学の成果をキチンと評価すること
- 医療従事者の疲弊の防止
- 急性期から在宅への医療をどう推進させうるのか
- 医師の地域偏在をどうするのか
- 医師法 21 条 ( すべての診療行為に関連する死亡事例を警察に届出る義務があるという条項 ) と萎縮医療の関連をどう解決するのか
- その他
等が必要であると述べた。
松本文六は、事実を事実として反省すべきであるという視点としての 1 と 3 は了としたい。 4 と 6 は解決し、 7 の問題を解消しない限り 2 は夢のまた夢ということになる。また 5 についてもその要因分析をしなければ問題は解決しない。
現在の医療崩壊の問題点は要点を押えているともいえるが、患者の医療に対する行動変容に触れていないことは、長年中央に座り、当初の志を失念し、今や KY と陰で言われているのでは? と松本文六は推測している。
しかし、このフレーズの最後に、古川氏はこう言った。
《 国民の安心の源である、医療・福祉・介護・教育にどう向き合うのか、国が腹を据えていない !! 》
さすが、15年もの長きにわたって、内閣勤めされただけの能吏である。
松本文六は思う。国と政府はどうあるべきかについて、国民と野党は党派を超えて、医療・福祉・介護・教育・保育についてしっかり考えなければならない。
無党派層といわれる Key Person たちは、今の政治に愛想を尽かし、あきらめるのではなく、竜馬の意気でもって政治を変えなければならないのではないのか !! と。
2008年3月 5日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (9)
医療政策
2月27日16時より元官房長官古川貞二郎氏の新春講演会 『 今後の医療制度の方向性 』 が、大分県精神科病院協会・大分県精神科病院協同組合・大分県病院協会、三者の共催で開かれました。
全般な印象としては、表題にいつわりあり! でした。古川貞二郎氏の「わが人生を振り返って」とも言うべき講演でした。しかしながら、45年の官僚人生の約3分の1の15年間を首相官邸で過ごしたというのです。官僚の中でも超エリートに間違いない。日本の戦後政治の裏面の歴史を聞くという形では大変面白かった。と、松本文六は思いました。
以下、いくつかの話をポイント的に挙げてみましょう。
彼の略歴とツラツラ眺めてみると、何となく高級官僚の足跡とともに、いわゆるお役人の歩む道を窺(うかが)い知ることができますので、ここに転記しました。
彼は、九州大学法学部を卒業し、いわゆる高等文官試験に挑戦されたが、失敗し、一旦長崎県総務部に就職されたという。高級官僚になり、彼の父母の世代のような厳しい生活を強いる国ではないようにしたい、そのためには旧厚生省がその考えに一致するということで志を立てた由。しかし、二度目の試験もうまくゆかなかったらしいが、私は、こうこうこういう志を持って入省を考えて来た、どうにかならないかと旧厚生省の人事部の担当者に死に物狂いで懇願し、とうとう入省を果たしたという。極めて例外的な措置で入省したという。
官僚への高い志を持って入省しただけあって、官邸の副官房長官を8年7ヵ月、5代の首相につかえ、内閣参事官・首席内閣参事官で計15年間官邸で勤められたのであろう。
この点、現在のお役人のお粗末さにはあきれ果てる。守屋防衛事務次官はその最たる者であろう。こういう時にこそ用意された言葉通り、古川貞二郎氏の爪の垢を煎じて飲めという風に使われるのであろう。
2008年3月 4日
日本の医療が危ない! (5) 後期高齢者医療制度 即時廃止を!
経済・政治・国際
§後期高齢者医療制度は即刻廃止すべし
この後期高齢者医療制度については、すでに述べたところですが、 《 即刻廃止すべし 》 と、小生の意見は鮮明にしておりませんでした。しかし、いろいろ考えてみますと、この後期高齢者医療制度は、社会保障そのものを切り捨てる思想を内包しています。これを契機に、貧しき者に対して医療の門戸を閉じることを目論んでいると、小生、松本文六にはみえるからです。
その理由は、以下の通りです。
- 相次ぐ年金の切り下げ、定率減税の廃止、扶養控除の廃止、介護料の天引きが続き、手許に残る年金が大幅に低下しています。
- その上に後期高齢者医療制度の保険料を天引きすることになりますと、ますます年金が少なくなります。
- また、扶養家族に入っていた人が、新たに保険料が引かれ、さらには75才以上の夫婦二人暮らしの場合、個人単位で2人分の保険料が引かれます。それは世帯への増税ともなります。
- 現在75才以上の高齢者世帯で、国保料・介護保険料を滞納している人が約1割いるといいます。この人たちは当然ながら、後期高齢者医療保険料も必然的に払えなくなることは目に見えてます。その場合には “ 資格証明書 ” が発行され、医療機関にかかる時は、一旦10割全額を現金で払わなければなりません。
- しかも、自治体によって後期高齢者医療保険料が違いますが、財政豊かな東京都練馬区では、旧ただし書き所得別の保険料を従来の国保料と比較しますと、235万円以下の方々では保険料が割り増しとなり ( 120.9% )、285万円以上の方々の保険料はむしろマイナス ( 23.7% ) となっています。貧乏人により多くの負担をさせ、貧乏人は医療にかかるなと言わんばかりのこの制度そのものが社会保障の理念に反します。
小生、松本文六は、これは 《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 という制度であり、認める訳にはまいりません。即刻廃止すべきです。さもないと、これが、他の領域の社会保障制度そのものまで侵蝕してしまい、日本の社会保障制度は崩壊させられます。
2008年3月 3日
日本の医療が危ない! (4) 資格証明書
医療
§『 資格証明書 』 とは?
国保料を滞納すると、資格証明書が交付され、医療機関を受診した場合、一旦まるまる10割現金を支払わなければなりません。
この制度が始まったのは1981年からだったが、各自治体に義務化をされたのは、2000年の介護保険開始時だったといいます。幸か不幸か、小生、松本文六は、これまでこれを持参した患者さんにまみえることはありませんでした。この2月25日に、資格証明書持参の患者さんの診療をはじめて行いました。
32才の方です。 《 おなかがパンパンに張って苦しい 》 ということで受診されました。2月11日に仕事を辞めたそうですが、そこの職場で保険はかけてもらえていなかったといいます。
血圧を測って、ビックリしました。何といわゆる上の血圧が 240 mmHg 、下が 140 mmHg でした。三十有余年、医師をやっていてこれ程高い血圧は経験したことがなく、慌ててこの患者さんをベッドに寝かせ、応急的に血圧を下げる手段をとりました。よくも脳卒中を起こさなかったものだと感心すらやら、いろいろするやら、“ トンデモ患者 ” に出会ったものである。
幸い応急処置の甲斐あって、1時間半後には 170 / 122 mmHg まで血圧は下がっていました。資格証明書払いということで、最低限の検査を行いました。案の定、肝機能障害がありました。何せ、身長 162cm で、体重が 130 kg! 因みにこの日の支払い医療費は10割負担で 11,770 円 でした。
29日再診の折には、血圧は 176 / 86 mmHg だったので一安心。血圧は一挙に下げすぎてはいけないので、2週間後の再診を約束して、診療終了としました。
このように、“ 資格証明書 ” は、医療機関へのアクセスを制限し、重症化して、はじめて医療機関を受診するようになります。このようなことでは医療費は嵩 ( かさ ) むばかりです。今や、健康保険制度といっても3割負担を強行することによって、日本の国民医療費は2割負担の時よりもアップしているのではないでしょうか?
後期高齢者医療保険制度では1割に及ぶ人たちが資格証明書交付の対象者になりそうです。後期高齢者はそれ未満の人たちに比べ、免疫力が落ちていますので、より重症化しやすいのです。とすると、かえってまた国民総医療費は大幅にアップしてしまいます。国は予防することによって、医療費を下げるといっていますが、このような方策では駄目と、小生、松本文六は考えますが、皆様はどうお考えでしょうか。
2008年3月 2日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (8)
医療政策
§権丈善一氏の主張
権丈善一氏は、昨年7月の参議院議員選で共同通信のインタビューに答えている。( 2007年7月24日 )
以下の記事は大分合同新聞に配信されたのかどうか、小生、松本文六は知らないが、隅々小生が主張し続けたことと同質のレベルの記事なので、ここに再録させてもらう。
――
医療崩壊を食い止めよ ―― 年金問題より医師確保を
―― 今回の参院選で社会保障分野の課題は。
「医療提供体制の立て直しが最も重要だ。医療現場は崩壊しつつあり、この流れを食い止めるのに残された時間はまったくない。特に地域医療は瀬戸際にあり、緊急に手を打つべきだ。いま大騒ぎしている年金記録の問題は議論が出尽くした。だが、医療問題は政治レベルの判断が手付かずのままだ」
―― 政治上の判断とは。
「医師も看護師も疲れ切っている。医療従事者が自分の仕事を続けることに希望を抱ける政策に転換するべきだ。公的医療費の抑制をやめ、かつ医師を増やして数を確保する必要がある」
「有権者全員に問題の深刻さを理解してもらえるかどうかはともかく、せめて全国約2百万人の医療従事者に絞って呼び掛けたい。毎日の生活の中で医療政策の矛盾を肌で感じながら過ごされている皆さんは、各党のマニフェストを冷静に読み比べた上で、医療崩壊の阻止に取り組む政党を選んでほしい、と」
―― 具体的な選び方は。
「1997年と昨年 ( 2006年 ) になされた二つの閣議決定を撤回する姿勢を示せるかどうかだ。97年の決定は医師数は充足しているとして医学部定員を減らす方針を打ち出した。昨年は社会保障費を5年間で1兆6千億円削減するとの内容。これらが生きている限り、医師は増えず、医療費が今後も削られるのは自明だろう」
「何も与党批判をしたいのではない。与党が誤りに気付き、自ら方針を変えるなら評価できよう。日本では医師一人が診ている患者の数は米国の5倍、欧州諸国の3、4倍に及ぶ。医師数を増やさないとどうしようもない。医療費についても、欧州諸国の平均水準まで増やす方向に行かないとダメだ」
―― 財源は。負担増は経済成長を阻害しないか。
「欧州並みに社会保険料を引き上げる選択肢があってよい。政党は 『 社会保険料をアップして医療に充てる 』 と約束すべきだ。個々の企業側は嫌だろうが、経済活動全体から見れば、医療や介護分野のサービス需要や雇用をつくり出す貢献は大きい。結果的に高齢者が多い地方に所得が再分配され、地方交付税のような役割も果たし得る。ただ、消費税は他に充当すべき政策もあり、医療費を増やすにはまず社会保険料を考える方が実現可能性が高い」
―― 年金については。
「論議は記録問題から制度論に入ってきた。民主党の年金改革案は年収600万円以上の所得者に給付制限があるなど、現在の支持者もいずれは失望するだろう。メディアがあおる不毛な年金論争に振り回されて投票先を決めては、国民はせっかくの国政選挙を一回無駄にし、取り返しのつかない医療崩壊を受け入れることになるだけだ」
< けんじょう・よしかず 1962年福岡県生まれ。専門は経済政策・社会保障論。新著に 「 医療政策は選挙で変える 」 >
2008年3月 1日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (8)
医療政策
§権丈善一氏の講演から
2月22日、18時30分より、大分県民医療推進協議会が大分県医師会館で開催された。
メインは、シンポジウム 『 医療の崩壊を考える 』 であった。その前に、慶応大学商学部教授 権丈善一氏の特別講演があった。以前、地域医療研究会で二度程、その講演を聞かせてもらっていたので、大体話の内容は見当ついていたが出かけて行った。特別講演の内容は、その表題がすべてを語っていた。曰く 『 日本の社会保障と医療 ― 小さすぎる政府の医療政策 』 であった。
彼の主張を整理すると、以下のようなものとなる。
- 社会保障は使途を限定した租税・社会保険料の負担増を!
- 特別会計の大半は社会保険関係や地方交付税及び国債整理基金などで構成されており、簡単には削れない。公共投資を削って、医療や福祉に回すのは限界だ。
- 社会保障の財源を確保するには、所得税の累進制強化だけでは賄えない。検討すべきは、消費税と社会保険料率のアップである。
- 3 で確保した財源は、基礎年金の国庫負担分の2分の1への引きあげ ( 2.5 兆 円)に使う他は、担い手の病弊の著しい医療や介護、保育、教育などの現物給付に重点的に充てるべきだ。
- 社会保障財源のパイを大きくし、若者や子育て世帯に重点的に給付すれば、彼らは社会保障の重要性を認識し、世代を超えて、これらの施策は世代を超えて受け継がれてゆく。
- 英国もカナダも小さな政府を見直し、医療をはじめ社会保障拡大に政策を転換した。日本もここ1~2年で思い切るべきだ。
- 今大事なことは医療を崩壊させないことである。にもかかわらず後期高齢者医療制度をつくり、国庫負担を少なくして75才以上の高齢者だけを新たな保障制度に移すようなことをした。後期高齢者への医療水準を維持するには、公的負担を上げてでも質を守るという価値観を国民が共有する必要がある。
- 社会的共通資本である医療・介護・保育・教育に要する資源を優先的に確保する方向に政策転換すべきである。
- 社会保障を増やすことは、地方交付税と同様に高齢者の多い地方に所得と人を再分配し、地方経済を活性化させる。
- 年金分野で急務なのは、パート、アルバイト労働者への厚生年金適用の拡大。
以上の話の中で、3 のところは、小生、松本文六には判りにくい。もう少し勉強する必要がありそうだ。
他の点はすべて同意である。これを観ているあなたはどう考えます?
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