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2008年03月のアーカイブ
2008年3月31日
日本の医療が危ない! (11) 後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度
§ 本日、街頭宣伝行動をしました
3月31日、明日より後期高齢者医療制度が実施される直前の本日、大分市トキハ前で、後期高齢者医療制度の廃止を求める、いわゆる“ 街宣 ” を行いました。
15時~16時のわずか1時間でしたが、それなりの反応があったような気がします。大体 “ 街宣 ” なんかは選挙の時はいざ知らず、一般的にはそれ以外の時期は、右翼の街宣ぐらいしか行われていない。まして連合や労働組合さえ平日の昼過ぎにはしない。東京に出張した折、時々新宿で見たような気がするのは、テレビのそれを錯覚しているのかもしれない。
本日は、国清昿平さん(全逓大分県支部長を20数年され、連合大分の会長も務め、現在、日本の医療の流れを変える会の会長代行)が先導して下さり、そのあと私、松本文六が話させてもらいました。このパターンを3回程繰り返しましたが、心なしか、昨年の選挙の時よりも反応がいいような感じがしました。それは、私に選挙の経験を通して慣れがあり、余裕があったのか?とも思えました。しかし、お手伝いいただいた “ 流れを変える会 ” の会員の方々も手応えを感じられたようで、《 今日は良かった 》 と嬉しがっていました。
私の話の骨子は、すでにこのページで何度も書いていることを声に出して訴えたにすぎません。ちなみに、箇条書きにしますと、以下のようなことです。
- 値切られてきている年金から更に新たな税が引かれるに等しい。
- 75才に満たない人と75才以上の人の受けられる医療に格差を持ち込むものである !!(年齢による差別医療)。
- また、マルメ=定額制=包括制なので、して欲しい検査(胃カメラや大腸カメラ、心臓や腹部の超音波など)の場合、他の病院を別の日に受けさせられることが起こりうる。その場合、公共交通機関の乏しいところの住民はタクシーを使わざるを得ないという利便性が制限される(アクセスの制限)。
- 資格証明書が、多分75才以上のお年寄りの10%に相当する130万人の低所得者に対して交付されることになります。その場合、その高齢者は医療機関にかかる折には100%現金でしかかかれません。後でいくばくかのお金が役所より返還されるといいますが、これ程冷酷な制度はありません。お金のない高齢者は医療を受けることを我慢せよ、と言っていることに等しい制度です。
- 結果としての診療制限を来たす(診療制限)。
診療所では、この包括制をとった方が経営的にプラスとなれば、後期高齢者診療料を選ぶことになります。しかし、新しい制度は入りやすいように経済誘導があります。2年後の改定には、これまでの厚労省からしますと、必ず新しいムチを用意することでしょう。
それは、今は75才以上ですが、それが65才以上と次第にすべての年齢層にこのような診療制限が適用され、フリーアクセスが全面的に制限され、そのあげくには、民間医療保険が大幅に導入されてくることを私、松本文六は恐れています。
社会保障の概念から完全にはずれ、国民皆保険制度が全面的に解体されることを何としても阻止すべきだと考え、松本文六は行動します。
いのちも金次第というアメリカのような国にはさせたくないと思います。どうか、読者の方々は、長期的にみて、この後期高齢者医療制度が大幅な悪法であることを理解され、私ども日本の医療の流れを変える会とともに運動しましょう。後期高齢者医療制度の廃止を求めるために。いのちが一番の旗印を掲げて。
2008年3月30日
日本の医療が危ない! (10) 混合診療解禁
混合診療
§ 混合診療解禁と治験
朝日新聞が混合診療に関する調査結果を2月9日の be 新聞で明らかにしている。
それによると混合診療解禁賛成63%、反対10%、どちらとも言えない18%、わからない9%となっている。モニターの2302人の回答割合である。
しかし、混合診療がどういうものかについてのキチンとした説明した上での調査か、少々疑問がある。
保険診療(A)を保険外診療(B)と併せて行った場合すべて全額自己負担になる。このBの部分は、例えば外国ですでに使われているが日本で使われていないくすりを使うような場合を指す。自らのがんの治療を受けるに当たって患者さん自身がインターネットなどで調べて、医者に申し入れた場合では(A)も(B)もすべて自費となる。
しかし、日本のどこの医療機関でも使えるくすりは保険収載品と呼んでいるが、これとは別枠に、厚生労働省が 《 治験 》 という形で特定の医療機関で使うことを許可している場合に限って(B)は厚労省の決めた額を(A)の部分は保険で賄い、(B)の部分は自費で払うことができる。これを 《 評価医療 》 と呼び、一定の期間を経て保険収載品として認可する。それは、たとえ、外国で認可され、使用されているくすりであっても、くすりの吸収と排泄という過程で出てくる副作用が人種によって大幅に異なることがあるからである。因みに、動物実験で重大な副作用が出てなくとも、人間に適用するととんでもない副作用が出ることもあることを考えればうなずけることである。
これまで、外国で許可されている新薬の日本の使用許可が下りるまでの期間が、アメリカとイギリスでは1年半位なのに、日本では4年もかかっていた。小泉政権時代、これを種にして混合診療解禁が声高に叫ばれていた。この時の経済財政諮問会議の混合診療解禁の意図は、(B)の部分に制限をつけずに極端に言えば何でもいい、ともかく、(B)の部分のみ自費で支払うようにすればいいという点であった。そして、この(B)の部分を民間の医療保険(アフラックなど)で賄い、(A)の部分を縮小し、(B)の部分を大幅に拡大することを目論んでいた。
今日、厚労省は、この4月より海外新薬の審査期間を大幅に短縮し、英米なみにするため、審査体制を大幅に強化するという方針を打ち出した。審査員を2007年度に比し3割増やすという。
これ自身は歓迎すべきことである。
混合診療の解禁はやはりすべきでない。《 治験 》 という形で特別な体制で解禁を防ぐ心算は国民に薬害・健康被害をもたらさないということである。
2008年3月29日
日本の医療が危ない! (9) 後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度
§ 後期高齢者医療制度は年齢による差別医療である ②
75才の誕生日を境に、75才未満で受けられる医療が大きく変ります。これはまさに差別医療です。
この制度の中で、後期高齢者診療料という新しい点数が設けられ、医療管理・検査・画像診断・処置はマルメと称され一括して600点(6000円)が医療機関に払われます。この600点の中で医療管理・指導・検査や処置を行いなさいという制度です(これを医療機関ではマルメと呼んでいます。包括払いという言葉も使われます)。ただし、病状の急性憎悪時にのみ一つの検査が550点以上の場合には、後期高齢者診療料600点に上乗せして請求することが可能です。胃カメラ1140点、大腸カメラ1550点、胸部超音波検査530点、心臓超音波検査880点、頚動脈超音波検査350点です。例えば、医師が心臓に雑音があるということで心臓の超音波検査で心臓のどの弁が悪く、その程度を確かめようとしても、880点-600点=230点=2300円の赤字が出るという時、医師はどういう行動をとるのでしょうか?
厚生労働省は、そんな場合には病院に紹介しなさいと言うでしょう。しかし、心臓の超音波検査ができる病院には、30キロ離れた病院にしか行けないとすると、患者さんに新たな時間と費用をかけさせることになります。もし、この医師が心臓の超音波がよくできるとすれば、赤字を出せということなのか!と心より怒ることでしょう。
また、お腹の調子がよくないと言って来た時、胃カメラをすると、1140点-600点=540点=5400円の赤字になるので、腹部の超音波検査をしたいと考えて、それを行った場合、600点-530点=70点=700円分黒字ですが、それでは人件費を賄えないということになれば、その医師はあまり気がすすまず、内服薬だけで様子をみましょうということにならないとも限りません。
このようにこの制度は診療制限の制度です。75才の誕生日前であれば、医師も患者も納得できる検査と治療を受けることができますが、上記のように、75才以上の後期高齢者医療制度では医師も患者も必ず納得できる医療を受けることができないとも言えます。
そういう意味で、後期高齢者医療制度は、年齢による差別医療と言わずして何と呼ぶべきでしょうか?
やはり、この制度は、国が 《 お年寄りお国のために死んでくれ! 》 という制度をわざわざ作ったとも言えます。
2008年3月28日
日本の医療が危ない! (9) 後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度
§ 後期高齢者医療制度はやはり問題! ①
75才以上の糖尿病や高血圧症、あるいは脂質異常症(高脂血症)などの慢性病を持っている高齢者は4月1日よりこの制度に組み込まれることになっている。
この制度の一番の問題は、後期高齢者診療料として、1カ月に1日受診時に600円を高齢者は払わなければならない。しかし、医院・クリニック・診療所では、そこの先生の得意とする内視鏡検査や心臓や腹部の超音波検査をする場合には、赤字を覚悟でしなければなりません。それでは経営的にその医院・クリニック・診療所は困るので、○○病院に行って下さい、と言わざるを得ません。このように、診療所でできる検査をさせないような仕組みを作っているのです。確かに、このようにすれば国の負担は少なくなるのですが、医療を受ける側にとっては、75才以上の方はできるだけ詳しい検査をするのは止めなさいということとなります。
まさに、75才以上の高齢者は粗診粗療に甘んじなさいということに等しい制度である。まさに 《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 という制度以外の何物でもありません。
だから、松本文六は ― 日本の医療の流れを変える会 代表 ― はこの制度の廃止を求めているのです。
2008年3月27日
日本の医療が危ない! (8) 診療報酬改定
診療報酬
§ 医療の崩壊を促進するような4月の診療報酬改定
日本は医院や病院を受診した折に、医療費としては若い人は、現在3割分を支払うことになっています。その中で、内科や小児科にかかったら外来管理加算という点数があります。この外来管理加算がこの4月より、5分以上患者さんと話したり診療をしないと外来管理加算はあげませんよ、という改定がなされています。
これをその通りに守ろうとすれば、1時間にせいぜい10人しか診てはなりませんと厚生労働省は言っていることになります。
冬の季節になると、小児科は嘔吐下痢症がはやります。1人の小児科医が1日に100人診なければならにこともしばしばです。しかし、5分規定を守ろうとすれば、10時間ぶっ続けで患者を診なければなりません。そうでなければ外来管理加算は認めませんということになれば、1人開業の医師や1人小児科の病院は完全にお手上げです。
中には15~20分かけて問診をし、診療をする。そして検査のために15~20分を要することがあります。30~40分かけて患者さんを診れば外来加算を6~8倍の加算をくれるのでしょうか? そういう規定はどこにも記されていません。
何故このような診療現場の実態とかけ離れた規定をつくるのでしょうか? これでは、昼食抜きで8時間で100人診たとすれば、監査の折に20人分の外来管理加算を返還せよということが起こり得ます。かつて規定に沿って厳密に監査をして多額の返還をさせられた医療機関がありました。それも高血圧の患者さんに食塩を制限せよと指導したということの一行がないから、指導したことにはならないという類いのことでした。
まるで、診療を制限し、多くの患者を診るなという“ 5分規定 ” である。医師は労働意欲を失い、医師という職業を放り出さないとも限らない悪法を堂々と厚生労働省のお役人は医療現場に与えようとしている。
まるで、現在の綱吉の “ お犬様 ” 政治の一端をみる気がする。そのこころは、あほらしくて、犬のいないところ、厚労省の関連出先機関のないところに逃げ出したくなる心境 !!
2008年3月26日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (17)
エッセイ 1
§ 父とノモンハンと地域医療
日本は、1931年に柳条湖“事件”を起し、中国東北地方(満州)に侵略を開始、1937年には盧溝橋“事件”を契機に中国本土への戦争をおっぱじめてしまいました。さらに、1939年ノモンハン“事件”を起し、1941年には真珠湾攻撃を端緒として太平洋戦争を協力に推し進めてしまいました。
私の父は、ノモンハン戦争に志願軍医として従軍しました。この戦争は、20人に1人の生き残りという凄惨(せいさん)な戦争でした。私は、小学校高学年~中学校の折に、父が、患者さんに《あんた、まだ生きちょったん》と話しかける場面に幾度が出くわしました。《何とひどい挨拶をする父親だなぁ》と、心の中で批判していました。しかし、よくよく考えますと、これはノモンハン戦争に従軍時の共通した朝の挨拶だったのでしょう。前日、朝食の席を同じくした者が翌日には姿を見せないという日常的な原体験が、一部の患者さんが他の戦地に従軍していたことを知っていたので、父はこのような言葉を挨拶代わりにしていまっていたのでしょう。
天心堂へつぎ病院の竣工落成式(1980年)に際し、父は《これ(へつぎ病院)は戦友の慰霊塔である》と言って声をつまらせた場面を鮮明に記憶しています。
ノモンハンでは死が日常的なことであり、生きて帰ることが恥とされていた時代でした。《自分の地域医療の実践をすること自体がノモンハン戦争で戦死した戦友たちへの鎮魂行為である》と語ったことがありました。
戦争は、日常的に人殺しの場を作ることです。《ノモンハン戦争の失敗を総括しておれば、太平洋戦争などは起さなかったはずだ。日本の物量はソヴェトの20分の1位しかなかったのだから。ノモンハン戦争の教訓をしっかり踏まえておれば、あの時代の戦争拡大はありえなかった…》と父はある時つぶやいていました。
《あんた、まだ生きちょったん》という挨拶が完全に死文化してしまう日本であって欲しいものです。私は、日本国憲法の基本的精神を体現している第9条を改変することを決して認めるわけにはゆきません。このような今の時代にこそ、私はしっかり戦争に反対してゆくつもりです。
2008年3月25日
日本の医療の流れを変える会
その他
§ このホームページは何のため?
丁度、走り出りながら、松本文六はいろいろ言いたいことを記しているが、これでいいのだろうか? と考え始めていたので、さる人の問いに《そうだな》と素直に受け入れることができた。
このホームページにあれこれ載せるに当たって、松本文六は自分の想いを社会に表明するべきだ。そうしないと《日本の医療の流れを変える会》といったってどういう団体でどういう考えなのかが判らないではないかという議論となった。とにかく、発信をしようということになり、松本文六は走りはじめた。しかし、周りの者はどうせ三日坊主で終わる。もし、書けなければ代筆しても良い。但し、1回 3,000円だ、いや俺が書く時は 1万円だと騒々しい。
こんなことで、3,000円や1万円払っていたら、どうしようもないと、とにかく書き始めた。途中、大して息切れもせず罰金を払わずにすんできたが、冒頭のさる人からの伝言である。アクセスして下さっている方だ。
しかし、よくよく考えてみますと、《日本の医療の流れを変える会》を作っておきならが、その趣意書さえ、このホームページに載せていなかった。ここに改めて、その趣意書を載せます。また、原点を忘れないために、この趣意書をいつでも参照できるようにしておきたいと思います。
*ホームページに《日本の医療の流れを変える会》の趣意書のページをつくりました。
2008年3月24日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (16)
時事エッセイ
§ 冤罪事件と驕った政治
2004年、実兄を殺害して家に放火し全焼させたとして、殺人と放火罪に問われた、片岸みつこ氏が福岡地裁小倉支部で無罪の判決が下された。これに対し、福岡地裁は19日、控訴をしないと公表。
これは、全くの冤罪(えんざい)事件で、警察がある女性を拘留させている片岸氏の部屋に意図的に入れ、自白を引き出すという巧妙な手口で犯人に仕立てあげたという。
しかも、検察は懲役18年を求刑したというから驚きである。
昨年は鹿児島県警の選挙にまつわる捜査で“ 踏み字 ”を行い、これまた冤罪だった。その冤罪を仕上げた張本人が、県警より表彰されていたというから開いた口がふさがらない。
今の政治は、自民・公明の衆議院での最大多数を傘に驕(おご)りきった政策を次々に出して、国会を空転させながら、それは野党のせいだと毎日のように責任転嫁を行っている。何ともみっともない姿で、これでは国際的に批判され、株が値下がりするのも当たり前である。
自民・公明の驕(おご)りがある意味で、検察・警察にも飛び火しているようにしか考えられない事件ばかりである。
片岸さんを追い込んだ警察と検察は、マスメディアを通してでも本人と社会にきちんと謝罪すべきであるし、何らかの形で処分されるべきではないかと私、松本文六は考える。
自民・公明は、今のままでは政権の座を降ろされるのには間違いないが、その空気を読めないというのはまさにそれぞれの末期状態を暗示しているのではなかろうか。
2008年3月23日
日本の医療が危ない! (7) 医療事故
経済・政治・国際
§ 診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会 ②
現在の案では、医療機関より医療安全調査委員会に届けられた診療関連死の事例については、医療者を中心とした調査の下での調査報告書が作成される。そして問題ある例については3通りの処理がなされる形になっている。
- 問題あり事例の解析で得た情報を医療事故の再発防止のため全国の医療機関で共有できる形で情報発信・提供する。
- 行政処分として、その医療機関に対して主にシステムエラーの改善を勧告し実行させたり、医師の再教育を施す。
- 故意によるもの、重大な過失、悪質な事例(例えば、事故を繰り返すリピーターや、診療録=カルテの改ざんがあった場合)に対しては警察へ通知する。
ここで問題なのは3である。医療事故発生時の届出の判断は、医療機関に委ねられているので、問題ありとすれば、その医療機関は届出をしないと判断するであろうことは容易に推測される。医療の安全性と質をあげるための制度が、医療事故をむしろ隠すことを推進する役割を果たすと言っても過言ではなかろう。
木下氏の講演では、警察・捜査機関に通知するのは悪質事例のみとしている。しかし、悪者は自ら悪事をしていることは常に認識しているということは古今東西普遍的な真理である。
だから、悪者は逃亡するのである。この真理がある限り、届出られた医療事故例はすべて、悪質ではないし、故意によるものではないのではなかろうか? 重大な過失と認識していれば、当初よりその医療機関は届出はしないと判断するであろう。
これに類することは、身近にゴロゴロしている。例えばイージス艦の事故で、事務次官らが二転三転前言をひるがえしたりしている例からも容易に想像できる。
私は、フロアから質問した。泥棒がわざわざ人の物を盗んだと堂々と名乗り出ることはありません。医療の安全性と質の向上を図る目的であれば、3は止めるべきではないでしょうか? と。しかし、意味が通じなかったのか、明確な回答は得られなかった。
私が3を止めるべきだと考えたのは、悪質な医療、重大な過失に連なる医療事故は、患者サイトがしっかりと認識し得るので、患者さんからの医療安全調査委員会に調査を申し出るシステムを設けた方がベターだと考えたからである。
このことは第3次試案の中で変更されるのか、しっかりみておく必要がある。
2008年3月22日
日本の医療が危ない! (7) 医療事故
経済・政治・国際
§ 診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会 ①
すでにこの件に関しては、これまで何回かにわたって述べた(2月21日、22日)。
厚生労働省はこの件についての第2次試案を出したが、医療界のあちこちから批判が続出したため、第3次試案を現在検討中である。
3月20日、午前10時半より大分県医師会館で、これに関する講演会が開かれた。講師は日本医師会常任理事の木下勝之氏。木下氏は日本産婦人科医会の副会長で、最高裁判所医事関係訴訟委員会委員でもある。そして、この厚労省の死因究明等の在り方に関する検討委員会の委員でもある。この委員会は、福島県立大野病院の産婦人科医の逮捕拘留を契機に発足した。
これまでのこの委員会での共通認識は以下のようになっている。
- 業務上過失致死傷罪により、医師個人を罰することは、真の診療関連死の原因究明にはならず、治療の過程で発生する医療事故の特殊性を考慮すれば、医療事故への刑事訴追はごく少数の例外を除き、馴染まない。
- このことを無視した業務上過失致死傷罪の適応は、かえって医師の安全と医療供給体制の確保(医師不足・病院閉鎖など医療崩壊のことをさす)を害し、患者や広く国民の利益にならない。
- 医療機関や医師が事故を報告するのは、警察ではなく、医療の担当官庁である厚労省とすべきであり、その傘下に事故の真相究明と再発防止を図るための中立的第3者機関を作るべきである。
- 医療に関連した死亡例のみを特別視はできない。したがって、医療事故すべてを免責することはできない。
- 限定的であっても、刑事罰の対象は存在する。
このような共通認識に基づき、『 医療安全調査委員会 』 の設置が現在検討されつつある。
しかし、今なお、その検討内容には問題が内包されている。
2008年3月21日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (15)
後期高齢者医療制度
§ 「後期高齢者医療制度」にメリットなし
3月21日午後、大分市大南地区の地域包括支援センター主催の勉強会があり、ケアマネージャーや民生委員の方々が約50名程集まっていた。
本日の講師は、不肖 松本文六で、演題は、『 高齢者をとりまく医療制度について 』 であった。私は主として、後期高齢者医療制度についての話をした。すでに、このホームページで後期高齢者医療制度は、《 お年寄りお国のために死んでくれ 》という悪法で廃止を求める活動を宣言している。その視点でお話をさせてもらった。約1時間話したあと質疑応答があった。その一つは、《 この制度でお年寄りにとってこれだけはいいという点はないのか? 》 という質問でした。
意表をつかれた質問で、少しうろたえました。頭を急激に回転させていろいろ考えたが、やはり、《 メリットはありません 》 とお答えした。全くといっていい程メリットはないのである。
もう一つの質問に、《 保険料を天引きされて、手元に残るお金が少なく、生活に困窮してくる人が出てくると思われますが、何か救済策があるのですか? 》 というのがあった。
《 ? 》 これも答えることのできない質問だった。 市の介護保険課の方が来られていたのでその方にお聞きしたら、《 大分市の場合は国保年金課に聞いて下さい 》 という返事だった。
次々に新たな問題が発生することは相違ないであろう。
2008年3月20日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ⑤
医療政策
§ Ⅴ 医療崩壊を防ぐ方策
すでに述べたように、もはや医療崩壊は雪崩がすでに始まっていて、それを防ぐことは不可能と言っていい。むしろ、再生のために何をなすべきかを考えるしかない。
第一には、医療費を大幅に上げ、医師数を大幅に増やすことである。表5に示すように、OECD平均に追いつくためには年約4兆5,000億円、OECD上位10カ国の平均に追いつくためには年約14兆円を投入しなければならない。サッチャーが医療に市場原理を適用したため、イギリスの医療はすさまじい崩壊現象を来たした。ブレア首相は、2001年に「医療費を1.5倍にする!」という公約を掲げ再選を果たした。日本にはその財源はある。財源はつくろうと思えばつくれるというのが国家経済に詳しい日本の学者の共通の意見である。どの分野に優先的にカネを使うかは政党の価値観と都合によって異なるにすぎない。
また、医師数は、OECD平均に追いつくために実数として約13万人増やす必要がある(表6)。数あわせでは、今の2倍に医師養成数を増やしても、約8年はかかる。しかし、免許を得た医師が独りで患者をきちんと診れるレベルに達するには約10年を要す。したがって、OECD平均のレベルに実質的に達するには20年ほどかかることが推測される。
遅きに失したとは言え、医療費総枠を増やし、医師の絶対数を増やすという二つのことを再生のためには何としてでも実行に移す必要がある。
これらは長期的な医療崩壊防止策である。臨時緊急的な措置としては、卒後臨床研修医の研修先を各都道府県毎に何人までと規制をかけることである。少しでも医療崩壊の緊急的歯止めをかけるとすれば、これぐらいしか方策はない。
これからの日本の医療提供体制への私の提案
- 医療は社会的共通資本として位置づける。この視座で医療政策を評価する。
- 累進課税の上限を旧に復し、GDPに占める総医療費の割合を現行の7%台から10%台とする。
- 医師の数を人口1,000人当たり4人以上に増員する。
- 専門医制度を見直し、日本の疾病構造に見合った定員数を設定する。
- 医師・診療所・一般医療機関の適正配置を推進する。
- 政策医療の細目を決定し、公私の区別をせずにそれを担う医療機関を選定し、病病連携・病診連携と役割分担を明確化する。
- 補助金及び受託金の公的医療機関への片寄りを全面的に見直し、公私を区別せず、官民格差を撤廃する。
【表5】
【表6】
2008年3月19日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ④
医療政策
§ Ⅳ 医療崩壊を促進した元凶
図1(3月18日を参照)にみるように、医療費抑制のために、診療報酬制度に市場経済原理を導入したことは、医療崩壊をさらに促進させた。
その最たるものが“平均在院日数の短縮化”に象徴される。わかりやすく言えば、1990年代半ば頃までは、老人の肺炎などは20日間位でゆっくり治していたが、これを10日間で退院させれば“報奨金”を出すというアメとムチの政策が診療報酬に反映されることとなった。そうすると医師・看護師をはじめとする医療従事者の労働密度は2倍となる。これが1~2年ならば何とか我慢できるが、1990年代後半から、診療報酬の2年毎の改定の度に平均在院日数短縮化報奨金制度という固いこん棒で尻をひっぱたかれ、医療従事者は疲労困憊(こんぱい)してしまい、ついには職場を離れて行った。また、病院経営が厳しい中で、2000年代に入って今度は救急医療に関しても“報奨金”制が導入されてきた。それまで、救急をやっていなかった一部の大赤字の公的病院まで“報奨金”を求め始めた。そのための要員を確保するために中小病院より医師・看護師などが引き抜かれ、中小病院が医師・看護師不足によってますます疲弊し、ついには病棟閉鎖や、診療科閉鎖が起こってきた。
7:1看護とは、1人の看護師が平均7人の患者を看るという体制を病院単位で用意すれば、大幅な“報奨金”を出すという方針が2006年の診療報酬改定で明示された。これを契機に、看護師の大移動が全国的規模で起こり、中小病院は経営的に首をしめられる状態に陥(おちい)ってしまった。これは、表4を見れば歴然とする。おそらく13:1以下の病院はほとんど赤字決算をせざるを得ないであろう。
このように、医療現場に医療費総枠を増やさず、市場経済原理を導入することにより、医療崩壊は極度に促進されてしまった。
2004年4月に始まった卒後臨床研修制度の開始により多くの研修医が都市に集中し、医師の偏在を促進。併せて大学に残る研修医が少なくなると大学病院の診療機能に支障を来たしたため、派遣先より医師を引き上げるという事態が発生。中小病院はそのために診療を縮小・閉鎖を余儀なくされ、地域の医療に大きな支障を来たし、地域医療が崩れ始めた。さらには、厚生労働省といくつかの医学会が病院機能の重点化・集中化の大合唱を始め、中小病院の小児科や産婦人科には最低2人あるいはそれ以上いないところには大学は医師を派遣すべきではないとして、医療崩壊の穴をますます拡げる役割を担ってきた。
他方、対患者という関係で医療崩壊が促進された大きな要因として、医療訴訟の問題がある。
神の力を借りなければ、あるいはその現場の技量だけではどうすることもできない不可抗力の事故が訴訟に持ち込まれると、病院も医師も疲れ保身化してしまい、保身医療が跋扈(ばっこ)しはじめ、医療のソフトが自壊しはじめたのである。
これらのことはⅠの部分で述べた(3月16日を参照)ので繰り返さない。
以上を言葉としてまとめると、以下のようになる。
医療崩壊とは?
病院勤務医が、様々な医療政策の朝令暮改的な改変やマスメディアの過度にして不正確な医療“事故”報道などにより、その勤務の過酷さに耐え切れず、マイペースで私生活と診療が選択できる開業へと走ったために、病院が医師不足により閉鎖されたり、診療科の縮小・閉科に伴って、患者が従来通りの至便な医療が受けられなくなっている状況の総体的表現である。 <2007.11.5 松本文六>
【表4】
2008年3月18日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ③
医療政策
§ Ⅲ 医療崩壊の元凶
この医療崩壊の要因を図1で説明する。
【図1】
最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、 最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、1983年当時の厚生省保険局長吉村仁氏の《医師数が増えると医療費が増大する》という“医療費亡国論”に拠(よ)る。そしてそれが、つい最近まで、厚生労働行政の中核的思想と化し、医療行政の隅々にまで根をはいまわらせていた。この考え方は化石化していると国が認識したのは、何とつい先日の2008年2月12日の内閣答申書だ。《 医師数は総数として充足している状態にはない 》と。それも、毎日のようにマスメディアを賑わしている医師不足のニュースとねじれ国会という外圧によるものだった。医療費亡国論が主張された1983年前後より、医学・医療はすさまじいスピードで変容した。1970年代後半には内視鏡が開業医レベルで使われ始め、CTという大型診断機器の出現やH2ブロッカーという抗潰瘍剤の開発は、医療を革命的に変容させた。CTは脳卒中やがんの診断確率を大幅に上げ、H2ブロッカーは、それまで外科の主要な手術対象疾患であった胃・十二指腸潰瘍を激減させた。外科医はもう要らなくなるのでは? という嘆き節が流れる程、医師たちへの衝撃はすさまじく大きいものだった。さらに、MRIや心筋梗塞の緊急手術手技としてのいわゆる風船療法の普及、RETの出現などにより、従来の医師が果たしてきた守備範囲が一挙に狭められ、従来の医師数のみでは医療現場は患者の要請に応えられなくなってきた。すなわち、医学・医療の革命的な進歩によって医師の絶対数の不足が顕在化してきた。原口仁局長の医療費亡国論が出された1983年にはすでにその予兆は出ていた。
OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中、日本の人口1,000人当たりの医師数は2003年当時は何と27位、G8の中でも最下位だ(表2)。
また、日本のGDP(国民総生産)に占める医療費の割合は、OCED中22位である(表3)。最近のアメリカにおける実証的な研究では、「医師数抑制は医療費抑制に直接的影響はほとんどない」と結論づけられている(愈炳匡:『「改革」のための医療経済学』2006)。医療費亡国論政策は、止まった時計を大事に抱えてすでに二廻りもしているのに、この時計は止まっていないと言い張り続けた頑迷固陋(がんめいころう)な厚生~厚生労働官僚によって固辞しつづけられた、それが故に、現在の医療崩壊がもたらされた。その元凶はまさに医師養成数の制限と医療費抑制政策であった。
【表2】
【表3】
2008年3月17日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ②
医療政策
§ Ⅱ 医療崩壊の要因
(1)見えない医療従事者の思い
2006年4月の診療報酬の3.16%の引き下げ、2005年10月の介護保険施設での食費・居住費の自己負担化及び2006年4月の介護報酬4.7%切り下げは、医療・介護現場にさらなる崩壊を促進させてしまった。医療も介護も《きつい・汚い・危険》な3K職場と言われている。手を汚さずに優雅さを求めている人たちに、今の政治は手を差しのべ、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるような社会の中で黙々と働いている人たちや施設にとって、それは痛切な打撃となって、投げ込まれた小石による波紋が急激に拡大するような形で彼らの疲労感を増長させていった。このようなことを話すと、《あなたたちは結構賃金はいいのではないの。あなたたちが言うのは信用できない。自分たちの賃金のことしか考えていないのだから》と、組合幹部から言われることがある。問題はそうではない。“痛切な打撃”の意味は、これでは《患者さんに、利用者さんにこれまで以上のサービス提供は到底できない。医療やサービスの質を上げ(これまで、そのような名目での介護報酬や診療報酬が提示されたことはかつて一度もなかった。それぞれの施設での自弁が強いられていた)ようにも、その費用がなくなってきました。私たちの処遇のために言っているのではありません。》という、哀しくも痛切な想いのことを指している。空気の読めない組合幹部の何と多いことか !!
(2)行政も理解していなかった医療現場の過重労働
また、2006年には、労働基準局が病院の医師の勤務時間調査をし、今の病院の当直は労働基準法の当直・宿直業務に相当せず、普通勤務と変わらない。それに見合った医師数を揃えよ! という“トンデモ通知”をしてきた。確かに、医師の当直は、二次救急病院等急性期病院では、翌日勤務も併せると、連続32時間以上の勤務は常態化している(表1)。とりわけ中小の病院ではそうである。地域の医療を担っている病院は、100~200床規模が大部分である。そこに勤務する医師にこの労働基準法を適用すれば日本の救急医療はまったく機能しなくなってしまう。この法の遵守を強制すれば、中小病院の医師は労働意欲を失い病院を辞めて開業する。そうすると、そこにかかっていた患者が大病院に集中し、そこの医師はさらに疲弊してしまい、勤務医を返上してしまうという壮大な負の循環が始まることとなる。このような中で、厚生労働省は、医師の常勤換算を1人週32時間とするという通達を出した。これは彼らの辻褄合せの論理であって、病院医療の当直の実態は何一つ把握し理解していないばかりか、“週32時間労働”という形でお茶を濁し、医療現場を改善する気は毛頭ないことが明らかになった。この時点でもなお厚生労働省は《 医師は充足している 》 と頑固に主張し続けていた。空気の読めない役人の何と多いことか !!
このような空気の読めない政治家・役人・組合幹部をはじめとする偉い方々が現実の医療崩壊を招いた。これはまさに人災だ。
2008年3月16日
崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― ①
医療政策
§ 医療崩壊のはじまり
現在の、日本の政治情況は坂本竜馬が生きた時代に酷似している。そして、日本の医療は崩壊過程に突入している。これは当然ながら政治の責任であるが、政治そのものが迷走している現在、医療はますますその実質を失い、変容し、マイケル・ムーアの映画『シッコ』が糾弾しているアメリカ的民間医療保険会社主体の医療に近づかざるを得ない環境に置かれている。
以下、医療崩壊の要因とその崩壊を防ぐための方策について述べる。
Ⅰ 医療崩壊のはじまり
医療崩壊という言葉はいつ誰が使い始めたのか? 少なくとも、小泉政権の成立以後使われ始め、『骨太方針2005』に基づいた2006年の診療・介護報酬改定の頃より、この言葉は次第に頻繁に使われだした。私は、2002年、日本病院会雑誌に《小泉改革の正体 ― それは皆保険制度の解体 ― 》という小論を投稿したが、当時それ程反響は呼ばなかった。それは、崩壊を象徴するような医療に関する“大事件”がなかったからである。その発端となったのは、2004年12月17日の福島県立大野病院での帝王切開後の妊婦の死亡“事件”だった。これは《不可抗力で予見不可能な診療に関連した死亡事例》であったにもかかわらず、当時のその病院管理者は、これを医師法21条に基づいて警察に届け出た。その届出から1年以上もたった2006年2月18日に当該産婦人科医が外来診療中に警察に直接踏み込まれ逮捕された。これが産婦人科医のみでなく、彼らを跳び越して臨床医の、とりわけ真摯(しんし)に医療に取り組んでいる医師たちの憤激を買った。《これではお産なんかやっておれない、いつ夜中に起こされるか判らない、24時間365日オンコール体制で命を縮めながら診療しているのに、予見できない不可抗力な医療事故さえも刑事事件として取り扱われるのでは医療はやっておれない !! 》と産科診療を辞める産婦人科医が続出し始めた。この“事件”が医療崩壊の大きな始まりとなった。
ちなみに、大分県では、人口合計約12万人の県北の中津・国東両市には2004年にはお産を取り扱う医師が10人いたが、この1月にはたった1人になってしまった。また、県南の人口8万数千人の佐伯市では、2004年に6人いたが2007年4月には同様に1人になってしまった。例年の分娩件数500件程の県内地域ではこれだけの分娩を扱うのは不可能である。
2008年3月15日
見る・観る・聴く・嗅ぐ (14)
医療政策
§ 若い医師たちは何を考えている?
最近、若い医師との世代間ギャップをしばしば感じる。
世の中が変り、時代が変り、医学・医療が大きく変容してきているのであるから当たり前といえば当たり前である。




