文六の主張 (論文・発言)
松本文六は医療問題を中心に、さまざまな場で発言し、論文を発表しています。その中のいくつかを紹介します

文六つうしん 2008年3月16日~20日に掲載したものです。

崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― 


 現在の、日本の政治情況は坂本竜馬が生きた時代に酷似している。そして、日本の医療は崩壊過程に突入している。これは当然ながら政治の責任であるが、政治そのものが迷走している現在、医療はますますその実質を失い、変容し、マイケル・ムーアの映画『シッコ』が糾弾しているアメリカ的民間医療保険会社主体の医療に近づかざるを得ない環境に置かれている。
 以下、医療崩壊の要因とその崩壊を防ぐための方策について述べる。


Ⅰ 医療崩壊のはじまり

 医療崩壊という言葉はいつ誰が使い始めたのか? 少なくとも、小泉政権の成立以後使われ始め、『骨太方針2005』に基づいた2006年の診療・介護報酬改定の頃より、この言葉は次第に頻繁に使われだした。私は、2002年、日本病院会雑誌に《小泉改革の正体 ― それは皆保険制度の解体 ― 》という小論を投稿したが、当時それ程反響は呼ばなかった。それは、崩壊を象徴するような医療に関する“大事件”がなかったからである。その発端となったのは、2004年12月17日の福島県立大野病院での帝王切開後の妊婦の死亡“事件”だった。これは《不可抗力で予見不可能な診療に関連した死亡事例》であったにもかかわらず、当時のその病院管理者は、これを医師法21条に基づいて警察に届け出た。その届出から1年以上もたった2006年2月18日に当該産婦人科医が外来診療中に警察に直接踏み込まれ逮捕された。これが産婦人科医のみでなく、彼らを跳び越して臨床医の、とりわけ真摯(しんし)に医療に取り組んでいる医師たちの憤激を買った。《これではお産なんかやっておれない、いつ夜中に起こされるか判らない、24時間365日オンコール体制で命を縮めながら診療しているのに、予見できない不可抗力な医療事故さえも刑事事件として取り扱われるのでは医療はやっておれない !! 》と産科診療を辞める産婦人科医が続出し始めた。この“事件”が医療崩壊の大きな始まりとなった。
 ちなみに、大分県では、人口合計約12万人の県北の中津・国東両市には2004年にはお産を取り扱う医師が10人いたが、この1月にはたった1人になってしまった。また、県南の人口8万数千人の佐伯市では、2004年に6人いたが2007年4月には同様に1人になってしまった。例年の分娩件数500件程の県内地域ではこれだけの分娩を扱うのは不可能である。



Ⅱ 医療崩壊の要因

(1)見えない医療従事者の思い


 2006年4月の診療報酬の3.16%の引き下げ、2005年10月の介護保険施設での食費・居住費の自己負担化及び2006年4月の介護報酬4.7%切り下げは、医療・介護現場にさらなる崩壊を促進させてしまった。医療も介護も《きつい・汚い・危険》な3K職場と言われている。手を汚さずに優雅さを求めている人たちに、今の政治は手を差しのべ、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるような社会の中で黙々と働いている人たちや施設にとって、それは痛切な打撃となって、投げ込まれた小石による波紋が急激に拡大するような形で彼らの疲労感を増長させていった。このようなことを話すと、《あなたたちは結構賃金はいいのではないの。あなたたちが言うのは信用できない。自分たちの賃金のことしか考えていないのだから》と、組合幹部から言われることがある。問題はそうではない。“痛切な打撃”の意味は、これでは《患者さんに、利用者さんにこれまで以上のサービス提供は到底できない。医療やサービスの質を上げ(これまで、そのような名目での介護報酬や診療報酬が提示されたことはかつて一度もなかった。それぞれの施設での自弁が強いられていた)ようにも、その費用がなくなってきました。私たちの処遇のために言っているのではありません。》という、哀しくも痛切な想いのことを指している。空気の読めない組合幹部の何と多いことか !!

(2)行政も理解していなかった医療現場の過重労働

 また、2006年には、労働基準局が病院の医師の勤務時間調査をし、今の病院の当直は労働基準法の当直・宿直業務に相当せず、普通勤務と変わらない。それに見合った医師数を揃えよ! という“トンデモ通知”をしてきた。確かに、医師の当直は、二次救急病院等急性期病院では、翌日勤務も併せると、連続32時間以上の勤務は常態化している(表1)。とりわけ中小の病院ではそうである。地域の医療を担っている病院は、100~200床規模が大部分である。そこに勤務する医師にこの労働基準法を適用すれば日本の救急医療はまったく機能しなくなってしまう。この法の遵守を強制すれば、中小病院の医師は労働意欲を失い病院を辞めて開業する。そうすると、そこにかかっていた患者が大病院に集中し、そこの医師はさらに疲弊してしまい、勤務医を返上してしまうという壮大な負の循環が始まることとなる。このような中で、厚生労働省は、医師の常勤換算を1人週32時間とするという通達を出した。これは彼らの辻褄合せの論理であって、病院医療の当直の実態は何一つ把握し理解していないばかりか、“週32時間労働”という形でお茶を濁し、医療現場を改善する気は毛頭ないことが明らかになった。この時点でもなお厚生労働省は《 医師は充足している 》 と頑固に主張し続けていた。空気の読めない役人の何と多いことか !!

 このような空気の読めない政治家・役人・組合幹部をはじめとする偉い方々が現実の医療崩壊を招いた。これはまさに人災だ。





Ⅲ 医療崩壊の元凶


 この医療崩壊の要因を図1で説明する。

【図1】


 最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、 最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、1983年当時の厚生省保険局長吉村仁氏の《医師数が増えると医療費が増大する》という“医療費亡国論”に拠(よ)る。そしてそれが、つい最近まで、厚生労働行政の中核的思想と化し、医療行政の隅々にまで根をはいまわらせていた。この考え方は化石化していると国が認識したのは、何とつい先日の2008年2月12日の内閣答申書だ。《 医師数は総数として充足している状態にはない 》と。それも、毎日のようにマスメディアを賑わしている医師不足のニュースとねじれ国会という外圧によるものだった。医療費亡国論が主張された1983年前後より、医学・医療はすさまじいスピードで変容した。1970年代後半には内視鏡が開業医レベルで使われ始め、CTという大型診断機器の出現やH2ブロッカーという抗潰瘍剤の開発は、医療を革命的に変容させた。CTは脳卒中やがんの診断確率を大幅に上げ、H2ブロッカーは、それまで外科の主要な手術対象疾患であった胃・十二指腸潰瘍を激減させた。外科医はもう要らなくなるのでは? という嘆き節が流れる程、医師たちへの衝撃はすさまじく大きいものだった。さらに、MRIや心筋梗塞の緊急手術手技としてのいわゆる風船療法の普及、RETの出現などにより、従来の医師が果たしてきた守備範囲が一挙に狭められ、従来の医師数のみでは医療現場は患者の要請に応えられなくなってきた。すなわち、医学・医療の革命的な進歩によって医師の絶対数の不足が顕在化してきた。原口仁局長の医療費亡国論が出された1983年にはすでにその予兆は出ていた。
 OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中、日本の人口1,000人当たりの医師数は2003年当時は何と27位、G8の中でも最下位だ(表2)。
 また、日本のGDP(国民総生産)に占める医療費の割合は、OCED中22位である(表3)。最近のアメリカにおける実証的な研究では、「医師数抑制は医療費抑制に直接的影響はほとんどない」と結論づけられている(愈炳匡:『「改革」のための医療経済学』2006)。医療費亡国論政策は、止まった時計を大事に抱えてすでに二廻りもしているのに、この時計は止まっていないと言い張り続けた頑迷固陋(がんめいころう)な厚生~厚生労働官僚によって固辞しつづけられた、それが故に、現在の医療崩壊がもたらされた。その元凶はまさに医師養成数の制限と医療費抑制政策であった。


【表2】

【表3】



Ⅳ 医療崩壊を促進した元凶

 図1(3月18日を参照)にみるように、医療費抑制のために、診療報酬制度に市場経済原理を導入したことは、医療崩壊をさらに促進させた。
 その最たるものが“平均在院日数の短縮化”に象徴される。わかりやすく言えば、1990年代半ば頃までは、老人の肺炎などは20日間位でゆっくり治していたが、これを10日間で退院させれば“報奨金”を出すというアメとムチの政策が診療報酬に反映されることとなった。そうすると医師・看護師をはじめとする医療従事者の労働密度は2倍となる。これが1~2年ならば何とか我慢できるが、1990年代後半から、診療報酬の2年毎の改定の度に平均在院日数短縮化報奨金制度という固いこん棒で尻をひっぱたかれ、医療従事者は疲労困憊(こんぱい)してしまい、ついには職場を離れて行った。また、病院経営が厳しい中で、2000年代に入って今度は救急医療に関しても“報奨金”制が導入されてきた。それまで、救急をやっていなかった一部の大赤字の公的病院まで“報奨金”を求め始めた。そのための要員を確保するために中小病院より医師・看護師などが引き抜かれ、中小病院が医師・看護師不足によってますます疲弊し、ついには病棟閉鎖や、診療科閉鎖が起こってきた。
 7:1看護とは、1人の看護師が平均7人の患者を看るという体制を病院単位で用意すれば、大幅な“報奨金”を出すという方針が2006年の診療報酬改定で明示された。これを契機に、看護師の大移動が全国的規模で起こり、中小病院は経営的に首をしめられる状態に陥(おちい)ってしまった。これは、表4を見れば歴然とする。おそらく13:1以下の病院はほとんど赤字決算をせざるを得ないであろう。

【表4】



 このように、医療現場に医療費総枠を増やさず、市場経済原理を導入することにより、医療崩壊は極度に促進されてしまった。
 2004年4月に始まった卒後臨床研修制度の開始により多くの研修医が都市に集中し、医師の偏在を促進。併せて大学に残る研修医が少なくなると大学病院の診療機能に支障を来たしたため、派遣先より医師を引き上げるという事態が発生。中小病院はそのために診療を縮小・閉鎖を余儀なくされ、地域の医療に大きな支障を来たし、地域医療が崩れ始めた。さらには、厚生労働省といくつかの医学会が病院機能の重点化・集中化の大合唱を始め、中小病院の小児科や産婦人科には最低2人あるいはそれ以上いないところには大学は医師を派遣すべきではないとして、医療崩壊の穴をますます拡げる役割を担ってきた。
 他方、対患者という関係で医療崩壊が促進された大きな要因として、医療訴訟の問題がある。
 神の力を借りなければ、あるいはその現場の技量だけではどうすることもできない不可抗力の事故が訴訟に持ち込まれると、病院も医師も疲れ保身化してしまい、保身医療が跋扈(ばっこ)しはじめ、医療のソフトが自壊しはじめたのである。
 これらのことはⅠの部分で述べたので繰り返さない。
 以上を言葉としてまとめると、以下のようになる。



医療崩壊とは?

 病院勤務医が、様々な医療政策の朝令暮改的な改変やマスメディアの過度にして不正確な医療“事故”報道などにより、その勤務の過酷さに耐え切れず、マイペースで私生活と診療が選択できる開業へと走ったために、病院が医師不足により閉鎖されたり、診療科の縮小・閉科に伴って、患者が従来通りの至便な医療が受けられなくなっている状況の総体的表現である。 <2007.11.5 松本文六>



Ⅴ 医療崩壊を防ぐ方策

 すでに述べたように、もはや医療崩壊は雪崩がすでに始まっていて、それを防ぐことは不可能と言っていい。むしろ、再生のために何をなすべきかを考えるしかない。
 第一には、医療費を大幅に上げ、医師数を大幅に増やすことである。表5に示すように、OECD平均に追いつくためには年約4兆5,000億円、OECD上位10カ国の平均に追いつくためには年約14兆円を投入しなければならない。サッチャーが医療に市場原理を適用したため、イギリスの医療はすさまじい崩壊現象を来たした。ブレア首相は、2001年に「医療費を1.5倍にする!」という公約を掲げ再選を果たした。日本にはその財源はある。財源はつくろうと思えばつくれるというのが国家経済に詳しい日本の学者の共通の意見である。どの分野に優先的にカネを使うかは政党の価値観と都合によって異なるにすぎない。

【表5】


【表6】


 また、医師数は、OECD平均に追いつくために実数として約13万人増やす必要がある(表6)。数あわせでは、今の2倍に医師養成数を増やしても、約8年はかかる。しかし、免許を得た医師が独りで患者をきちんと診れるレベルに達するには約10年を要す。したがって、OECD平均のレベルに実質的に達するには20年ほどかかることが推測される。
 遅きに失したとは言え、医療費総枠を増やし、医師の絶対数を増やすという二つのことを再生のためには何としてでも実行に移す必要がある。

これらは長期的な医療崩壊防止策である。臨時緊急的な措置としては、卒後臨床研修医の研修先を各都道府県毎に何人までと規制をかけることである。少しでも医療崩壊の緊急的歯止めをかけるとすれば、これぐらいしか方策はない。


 これからの日本の医療提供体制への私の提案


  1.医療は社会的共通資本として位置づける。この視座で医療政策を評価する。
  2.累進課税の上限を旧に復し、GDPに占める総医療費の割合を現行の7%台から10%台とする。
  3.医師の数を人口1,000人当たり4人以上に増員する。
  4.専門医制度を見直し、日本の疾病構造に見合った定員数を設定する。
  5.医師・診療所・一般医療機関の適正配置を推進する。
  6.政策医療の細目を決定し、公私の区別をせずにそれを担う医療機関を選定し、病病連携・病診連携と役割分担を明確化する。
  7.補助金及び受託金の公的医療機関への片寄りを全面的に見直し、公私を区別せず、官民格差を撤廃する。