2008.5.11 へつぎ
事務所に来て、一番にすることは、文六先生の原稿が届いているか確認します。次にお茶を飲む準備、そして、メールのチェックをします。
原稿が届いてない場合、時計と文六先生のスケジュール表を見ながら、いつ催促の電話をかけるか考えます。ちょっとイライラしてくるので、甘いものを食べて気持ちを落ち着かせます。でも最近では、催促の電話をかけなくても、原稿が届くようになりました。なんでだろう? 不思議です。深く考えないようにしていますが…。
2008.5.10 へつぎ 読者からのメールより
私は、新聞は目をとおすぐらいであまり読みませんが、後期高齢者医療制度が問題になってからよく読むようになりました。新聞を読んでも、よくわかりません。ただ、経済大国世界2位の日本が美しい日本の名の下に「老人や障害者を家族の絆から引き離し、分断し」、金持ちだけは恩恵にあずかる国にしようとしてることはわかります。これが、美しい国といえるでしょうか。ヨーロッパ、北欧は、お年寄りが大事にされております。日本もヨーロッパ、北欧並みの美しい国にしないといけませんね。日本には、金がないといいますが、ヨーロッパや北欧諸国の富を全部たしたぐらいの金を日本は持ってるようです。日本でできない事は無いはずです。先生のご活躍に期待します。
2008.5.9 へつぎ
学生時代、新聞社の支局でアルバイトをしていた時、横山泰三を「戯評の旅」の取材で別府と臼杵を案内した。当時地獄は運営をめぐって2つに割れていた。そのことを話したら「地獄の沙汰も金次第」となって、紙面に載った。
城島高原から臼杵に向かう車中で彼は愛用の水筒入りブランデーを口にして「君も飲むか」と言った。断っては悪いと思い一口飲んだ。酒と車に弱い私は見返り坂の下りカーブあたりで吐きそうになったが、なんとか我慢した。
「石仏に着いたぞ。それにしてもオレの胸に抱かれて眠った男は君が初めてだ」と言った。マンガにもならない醜態で、今思い出しても恥ずかしい。
2008.5.8 へつぎ 読者からのメールより
先日テレビ朝日のニュースをみて驚きました。何と小泉勉強会がもたれ、自民党からは、小池代議士他数名、民主党からは、前原代議士他数名が参加したそうです。勉強会の中身は、秘密ということで明らかにされていませんでした。その上、あの悪の元凶の小泉が、「この中には総理候補が2名もいる」と得意満面で述べていました。民主党からの参加者には、大分選出の代議士もいたようです。選挙のときは、票をとるために、「格差是正」「小泉改革反対」と言いながら、選挙にとおると、その批判した人と仲良く「勉強会」をし、その中身は「秘密」とする。本当に節操の無い人たちです。政治の世界では、通常のことでしょうが、一般社会では、通用しません。そうした旧来の政治手法が、今日の「老人いじめ」を作り出したのでしょう。松本先生のような、「硬骨漢」が政治の世界に必要だと痛感いたしました。ご健康に留意されご活躍されますよう。
2008.5.7 へつぎ
文六先生はまたもや自分の写真を見ながら「ずんぐりむっくりやな…」とつぶやきました。本日の「文六つうしん」の写真です。
夕方、サンドイッチの差し入れをいただきました。うれしかったです。お腹がすいていたので、ペロリと食べてしまいました。
2008.5.6 へつぎ
仏教用語に「生老病死」(しょうろうびょうし)ということばがある。人間がこの世で避けられない4つの苦しみ。生まれること、老いること、病気になること、死ぬこと。最近では呆が加わって「生老病呆死」と言うそうだ。いずれも医療抜きでは考えられない。
少子高齢化が進み、寿命が延びるにつれてこの5つの苦しみが一層深刻になってきた。そんな中で今回の後期高齢者医療制度ほど国民から嫌われた法律はあるまい。新聞やテレビで連日たたかれ通しである。次のような問題がある。
@目的が高齢者の医療費削減にある。
A郵政民営化騒動に乗じて、審議抜きで法案を通した。
Bしたがって国会議員はもちろん、大臣も説明できない。
C高齢者や障がい者を差別的に囲い込んだ。
D県によって保険料に大きな格差がある。
E内容が複雑で、その時にならないと問題に気づかない。
F事前の説明なしに年金から天引き。
山口の衆院補欠選挙の結果を見て、自民・公明両党は改正を言い出した。少々の手直しで片づく問題ではない。即時廃止以外にない。
2008.5.5 へつぎ
寿司のブログ(文六つうしん)を読ませてもらいました。それで思い出したことがあります。
ずいぶん昔今から25年ほど前、文六先生の京都での学会出張にご一緒させてもらったときの事です。
京都に着く前に、昼ごはんを食べようと、駅弁とお茶を買いました。文六先生は、駅弁の蓋を開けると、何と駅弁の蓋の裏についているご飯粒をお箸で一粒ずつつまみ、食べ始めたのです。これにはびっくりしました。仕方なく私も同じように弁当の蓋の裏についているご飯粒をつまんで食べました。よくかんだせいか、何とも美味しかったことを覚えています。
それから、私も駅弁を買ったら蓋の裏についているご飯粒から食べるようになりました。私の子供も駅弁を食べるときは、同じように食べています。女房は、蓋は、ご飯粒がついててもそのまま捨てます。冷蔵庫には、弱った食物が結構あります。しかし、料理しない私は、なにも言いません。
2008.5.4 へつぎ
連休ということもあり、事務所はとても静かです。今から帰宅して、庭の草取りをします…(連休だというのに…あ〜あ)
2008.5.3 へつぎ
総スカンを食った後期高齢者医療制度は、庶民の心が読めない政治家や官僚のやり方の典型である。国益を口実に一方的に国民に犠牲を押しつけ、問題が起こってもだれも責任をとらず、朝令暮改など一向に恥じる気配もない。
何をするにも、だれが、いつ、どこで、何のために、何をするのか。そのためにヒト、モノ、カネはいくら必要でだれが出すのか。総責任者、企画立案、現場指揮、そして想定外の事態にどう機敏に対処するのか。それらをすべてクリアーしてはじめて企画(法律)は実行に移される。検討する基本は、机上ではなく、あくまで相手(国民)の側からの視点であることを忘れてはならない。
2008.5.2 へつぎ
「後期高齢者医療制度の廃止を求める医師100人アピール」の記者会見の写真です。
「こんな顔をして、しゃべってるんか…」と文六先生は写真を見ながら、つぶやいていました。(写真は小さく載せることにしました… 編集部)
2008.5.1 へつぎ
「後期高齢者医療制度の廃止を求める医師100人アピール」の記者会見の写真が、送られてきました。文六先生をかっこよく撮って下さい! とお願いしていましたが、文六先生そのままの写真でした。近日中にホームページで紹介します。
2008.4.30 へつぎ
4月27日、全国一般大分地本が、労働学校で、映画「シッコ」の上映会を開催しました。上映会の前に文六先生が医療問題にふれながら、あいさつをしました。
「シッコ」の上映会、講演など、お気軽にお問い合わせ下さい。
2008.4.29 へつぎ 後期高齢者医療制度の廃止を求める医師100人アピール
4月30日、厚労省で「後期高齢者医療制度の廃止を求める医師100人アピール」の記者会見が行われます。
現場で奮闘している医師たちが、後期高齢者医療制度廃止に向けて、発言するものです。
文六先生は、呼びかけ人の一人になっています。文六先生も記者会見に臨みます。
*「後期高齢者医療制度の廃止を求める医師100人アピール」
連絡先 ・ 事務局 労働者住民医療機関連絡会議(労住医連)
http://park18.wakwak.com/~roujuiren/
2008.4.28 へつぎ
「後期高齢者医療制度廃止」のチラシ配りのお手伝いに行ってきました。
20歳前後の数人の若い女性群が、近寄ってきました。
思わず誰だったかなと記憶をたどりましたが、思い出せません。 良く顔をみようとしましたら、「チラシを下さい」と手を出されました。
チラシを渡しながら「厚生労働省の官僚は、枯れ木に水をやっても無駄といって後期高齢者医療制度を作ったそうですよ」と言いました。
すると若い女性たちは「若木にも水をやらないのに良くそんなことが言えますね」と口々に言います。
私は、思わず「皆さんは、まだ就職口が無いのですか?」と聞いてしまいました。
女性たちは、「大分では、正社員としての就職はむずかしいです。あってもタダ働きみたいに安いし」と言いました。
若木がすくすく育つ為にも、後期高齢者医療制度は、廃止されなければなりません。
聴診器をマイクに換えて、市民に訴える文六先生の気持ちは、着実に「若者」の心をも捉えています。
2008.4.27 へつぎ
本日、10時30分より、大分市郊外で「後期高齢者医療制度 廃止!」の街頭宣伝を行いました。
スーパーの前で活動をしましたが、じっと聞いてくれるお年寄りが何人もいました。高齢者の男性は、チラシを見るなり「こん前、3万5千円とられた!」と怒っていました。文六先生に病院で診てもらった方がいて、「先生は元気じゃなあ。がんばっちょくれ」と励まして下さいました。車の中から手を振ってくれる方もたくさんいました。
4月の街頭宣伝活動は、今日で終わりました。これからも「後期高齢者医療制度 廃止!」の活動は続きます。


2008.4.26 へつぎ
本日、12時30分より、大分市トキハ前で「後期高齢者医療制度 廃止!」の街頭宣伝を行いました。
「こりゃ、差別や!」、「夫が介護施設におる。自分も目医者に行かなならん。病院にお金がかかるんじゃ。年金もなんぼももらいださん。」、「後期高齢者医療制度ちゃなんな。ようわからん。」……75才以上と言う数人の女性から話しかけられました。立ち止まって、文六先生の演説が終わるまで聞いてくれた高齢者もいました。
保険料が年金から天引きされ、行政の保険料請求ミスが報道されるなど、どんどん関心が高まってきているように感じます。明日も街頭宣伝を行う予定です。
文六先生は、演説の合い間を縫って、チラシ配りをしました。
2008.4.25 へつぎ
「文六つうしん」で松本弘名誉院長のことを拝見した。戦後だった。28インチの自転車で往診に行く白衣姿の先生は実にかっこよかった。自家用車はもちろん、電話も少なかった。患者の家族が松本医院に駆け込むと、深夜、どしゃぶりの雨の中、どんな山奥でも往診に出かけていた。
戦後は農家でも食べられない時代だった。治療代は盆か暮れ、それも米やもち、野菜ということが少なくなかったようだ。白く長いあごひげとやさしいまなざし、それにユーモアがあった。「ストップ! 後期高齢者医療制度廃止」のビラを配りながら、田舎の坂道で、ちょうちんを片手に先生の自転車を押してあげた時代がことさら懐かしく思い出される。
*「文六つうしん」 4月7日〜11日 父と天心堂 @〜D もぜひお読み下さい。
2008.4.24 へつぎ 読者からのメールより
先生のホームページの、毎日更新には、驚いています。事務局の方々もたいへんでしょう。
時々しか、読んではいないのですが、何時も新鮮な感動を覚えます。やはり、地域医療30年、幼児から老人まで、診察してきた力が、先生の人間力を高めたのでしょうね。ただの学者や医者では、こういった内容のホームページは、できないと思います。
他の政治家のホームページを読むのですが、内容はなく、しかも、更新はほとんどされておりません。これが、日本の政治家の現実なのでしょうね。政治の世界にでなくても、ホームページは、是非継続されてください。また、政治にでれば、それはそれで、新鮮な意見が、拝見できると期待はしていますが。
事務局日誌も面白いですよ。毎日ごくろうさまです。
2008.4.23 へつぎ
本日も10時30分より、「後期高齢者医療制度 廃止!」の街頭宣伝を、郊外の団地と、バイパス沿いで行いました。
団地での演説を終えた文六先生に、後期高齢者予備軍の女性、お二人が話しかけてきました。一人の方は独身で、「病院をたらい回しされるのではないか。自分がどこで命を終えるのか、とても不安」と話されていました。
団地の中での街頭宣伝は、人通りが少ないのですが、たぶん家で聞いてくれるに違いないと行っていますが、実際に家から出て来られた方と話をすることができ、感激しています。
「後期高齢者医療制度 廃止!」をどんどん広めていきます!
2008.4.22 へつぎ
本日14時より、「後期高齢者医療制度 廃止!」の街頭宣伝を行いました。大分市郊外の約30年ほど前に造られた団地です。
人通りは少なかったのですが、休憩していたバスの運転手さんが熱心に聞いてくれ、最後に拍手をしてくれました。
手作りパンの差し入れもありました。文六先生は、「太るんだけどな…」とニコニコしながら食べていました。私もお相伴にあずかりました。外皮がパリッとして、中が適度にやわらかくておいしかったです。
2008.4.21 へつぎ
「後期高齢者医療制度 廃止!」のチラシ配りのお手伝いに行ってきました。
客待ちのタクシーの運転手さん達に声をかけられました。文六先生の演説に苦情を言われるのではと一瞬ドキリとしました。ところが、何と「チラシをくれ」ということでほっと安心しました。
私は、「後期高齢者医療制度廃止のキャンペーンです」と言って、皆さんにチラシを配りました。
チラシを見ながら運転手さんたちは、「本当にひどい制度だ。自分は、年収が、130万円ぐらいでこれに年金7万円ぐらいだ。タクシー業界でも私のところはいいほうだ。タクシーは、売り上げ制度だが、あるところは、つき5万円平均というところもある。これから、また引かれていたら生活できない。金がなければ満足な治療も受けられなくなるとは、困ったことだ。小泉が悪いんだが、国会議員はこうなるまで、何をしていたのだ。国会にも、松本先生のような地方都市の高齢者の生活状況等がわかった人が必要だ。マイクの音量が小さい。もっと大きくしないと、中まで届かないぞ」と口々に言われました。
そして、私に「早くチラシをまけ」と尻を叩かれました。私は、月20日以上働いて10万円内外しか給与が出ないと聞きおどろきました
2008.4.20 へつぎ
「日本の医療の流れを変える会」の会員を募集しています。会報「たいまつ」の発行や医療と福祉、医療政策などの講演、映画「シッコ」の上映会などの活動を行っています。 年会費は、1口
1,000円です。
今朝、介護士の方からの講演依頼がありました。ぜひお気軽にお問い合わせ下さい。
2008.4.19 へつぎ
本日、13時より、後期高齢者医療制度の廃止を求める街頭宣伝を行いました。
文六先生は「お年寄りが、安心して暮らせる社会制度、医療制度にしなければならない!」と、力強く訴えました。
途中、通りかかった高齢者の男性が、自分も意思表示したいと飛び入り参加し、「後期高齢者医療制度、断固反対します!」と車の上から、マイクを通して発言されました。
風が強く、肌寒い天気でしたが、飲み物の差し入れや、車の中から「松本先生!」と声をかけられたり、クラクションを鳴らされたり…と励まされました。通行する人が少なく、チラシは思うように配れなかったけれども、充実感のある街頭宣伝でした。

2008.4.18 へつぎ
文六先生より「文六つうしん」の原稿を受け取ると、すぐにざっと読みます。今日の原稿を読むと、 《 モスラとゴジラ 》 という文字が目に飛び込んできました。えー
!!
と思い、もう一度よく見ると 《 ソドムとゴモラ 》 でした。
いくらなんでも文六先生が 《 モスラとゴジラ 》 を書くなんて無いよな…、一人で大笑いしました!
2008.4.17 へつぎ
本日、「日本の医療の流れを変える会」に入会された方から、お手紙をいただきました。大分市内の自営業者の方です。
- 「あなたの趣旨に両手両足を揚げて賛同します。後期高齢者云々…等との呼び方も第一、気に入りません。後とは、終、末、意味していると思います。私達の年代は、戦後の日本を死にもの狂いで、現在に支えて来た自負があります。それを切り捨てた自民党を、私は切りすてる事にしました。今後の活躍を期待します。」(原文のまま)
2008.4.16 へつぎ
後期高齢者医療制度廃止のちらし配りをしました。
高齢者の方々からは、「ひどい事になった。松本先生のような方が、国会に必要です。是非がんばって下さい」と励ましの言葉をいただきました。
若い高校生や中学生や小学生には、「やがて貴方たちも高齢者。是非読んで」とチラシを差し出すと、「本当にそうですね」と笑って受け取ってくれました。若い世代にも、後期高齢者医療制度の問題は、広く伝わっているようでした。
ちらし配りの前は、緊張していたのですが、終わってみると、「楽しいちらし配り」でした。
2008.4.15 へつぎ
昨年の暮、天心堂病院から約 500 m 北の農道をバイクで走っていたら突然何かにぶつかって体が宙に舞い、畑にたたきつけられ一瞬何が起こったか分からなかったが、頭から足先までどこも痛くない。暗闇の中、手探りでバイクを見つけたが大破、前輪はくの字に曲がっていた。水路の石垣に真正面からぶつかっていたのだ。これだけの事故で無傷ではすむまい。もしかしたら俺はもう死んでいるのではないか。本気でそう思った。目に映るまちの明りは、あの世の幻か。しかし、さっきまでと変りない。そうか、生前も死後も変りはないのだ。これからはすべて臨死体験なのだ。そう思うと気が楽になり、大発見に嬉しくなった。現場を通るたびに、生きている喜びと慎重な運転をかみしめている。
2008.4.14 へつぎ
「 後期高齢者医療制度の廃止を求める、医師 100 人アピール 」 運動 (労住医連 : 労働者住民医療機関連絡会議 ) の呼びかけ人に文六先生がなっています。医師個人での賛同を100人以上めざし、4月中に、記者会見等で、即刻廃止を求めていくそうです。
2008.4.13 へつぎ
「 今日は日曜日。さわやかにお過ごし下さい 」 と、ラジオから聞こえてきました。
今朝、身体障害者手帳を持つため、制度上、後期高齢者になった方から 「 何か 『 早う往け 』」って言われているようです 」 とメールが入りました。
へつぎの天気は、花曇りです。中学校の運動場では、子どもたちがサッカーの試合をしています。ボールを追いかけて、走り回っています。さわやかな汗を流している子どもたちの将来の生活は果たしてどうなっているのだろう…。
2008.4.12 へつぎ
2006年2月のトリノ冬季五輪開会式で三大テノールのルチアーノ・ババロッティが熱唱した「誰も寝てはならぬ」、イナバウワーの荒川静香さんの金メダルとともに多くの人が感動した。
ところが4月11日の新聞を読んで驚いた。名歌手は当時すい臓がんで痛みを覚えていたようで、数日前に歌と演奏を別々に録音したものを会場で流した。弦楽器も指揮の通り弓を動かし、彼は口をパクパク合わせていたそうだ。彼は1年半後71歳で逝った。その発想と演技、そして機械を駆使した見事な作品だったとは恐れ入った。食べ物から政治家まで、怪しげなにせ物ばかりの中、あれは魔術のような芸術品だ。
それにしても彼はこの仕掛けを「誰にも話してはならぬ」と言い残し忘れたのかも知れない。
2008.4.11 へつぎ 「たいまつ」 2号 訂正のお知らせ
「 たいまつ 」 2号 ( 2008年4月1日発行) に校正ミスがありました。読者の方からの指摘です。
4ページめ、上から3行目、「消費を削減し」は、「消費を刺激し」の誤りです。申しわけありません。
ご指摘は、4月9日20時にメールで届きました。「たいまつ」2号が届いてすぐに、読んでいただいたようです。
文六先生は、読んで下さり、その上、間違いを指摘し、感想を寄せて下さったことに、感激しておりました。
2008.4.10 へつぎ
70歳を前に初めて胃と腸のカメラや MRI 検査を受けた。結果はいずれも異常無く、主治医から 「 胃はあと100年持つ 」 と太鼓判をおされた。
必ずどこか異常があって即 「 入院 ・ 検査」 を恐れ検診を避けてきた。テレビの著名なキャスターやコメンテーターが癌からの生還で 「 検診
」 の重要性を強調している。
先日、見違えるほどやせてしまった旧知の友人に出会った。最前線の仕事から後方支援の閑職で養生しているらしい。
“ 無理はするな。ストレスはためるな ”。 なにごとも自然体がいいのかも知れない。
2008.4.9 へつぎ 花見酒
陽光苑(老人介護施設)の前は、戸次中学のグラウンドで、今桜が満開です。
この桜は、戸次中学が建設されたとき植えられたそうですから、樹齢は、60年を越えていると思われなかなか立派なものです。
桜の季節になると、介護士たちが、よくお年寄りを車椅子に乗せ、桜見をしています。
この風景をみると、何時も思い出すことがあります。
いまから、11年ほど前のこと、A先生が、まだへつぎ病院で勤務されていたときのことです。A先生が、お年寄りを車椅子に乗せ、桜見をしていました。
私が、「桜見ですか」と話しかけると「うん」といい、「花見酒は、うまいな」といいます。
A先生は、無類の日本酒党で有名な方です。
私が、「いいですね」というと、「あんたも飲むか」といい、白衣のポケットから、杯と酒を取り出し「一杯」と差し出されました。
私は、「ありがとうございます」とお礼をいい、飲み干しました。
患者さんにも、「今日はおまけの一杯」といって飲ませておりました。
私は、良く冷えていて、美味しかったのですが、「お代わり」とはいえず、そばを離れました。
A先生が、2、3日後また、同じ人を車椅子に乗せ花見をしておりました。
私も、冷酒を一杯ご馳走になりました。
しばらくして、A先生と食事をする機会があり、そのときA先生に「患者さんを花見によくつれて行くのですか」と聞くと、A先生は、「あの患者さんは、末期癌だ。余命は幾ばくもない。無類の日本酒好きの方だ。病棟では、飲ませられないから、外に連れ出して、飲ませてるんだ。体が弱ってるから、お猪口2杯が限度で本人もこれ以上欲しがらないんだ。これで、病状が悪化するわけではない。俺も、死ぬ前には、花見酒を飲んで死にたいな」といいました。
この話を聞いたとき車椅子に乗って、杯を傾けていた患者さんの満足そうな笑顔が急に浮かび出しました。
それ以降、陽光苑前の桜の下を、車椅子に乗った患者さんを見るたび、杯を傾け、桜を楽しんでいた患者さんとA先生を思い出します。
2008.4.8 へつぎ
今日は忙しかったです。 「文六つうしん」の更新も夜になってしまいました。
2008.4.7 へつぎ
事務所の横は、へつぎ駐車場で、この駐車場には、緑の芝生があり、桜が植えられています。
この桜たちは、今満開をむかえようとしています。2、3日前この桜の下で、4、5人の主婦と思われる人たちが、弁当を開いて、お花見をしていました。残念ながら、お酒はありませんでした。入院患者さんとその家族か、友人たちのようでしたが、誰が患者さんかはわかりませんでした。皆明るく笑いさざめきながら食事をしていました。
ほんのちょっぴり笑い声のご相伴にあずかりました。そして、「花見酒を飲みにいこう」と思った次第です。
2008.4.6 へつぎ
お昼前、事務所の前を御神輿 ( おみこし ) が通りました。地元の神社のお祭りです。はっぴ姿の大人や子どもが、女性の神主さんと、お囃子 (
はやし ) を鳴らしながら練り歩いてきました。花曇りでしたが、子どもたちの笑顔に、心が浮き立ちました。
2008.4.5 へつぎ
今日の「文六つうしん」の原稿は、お昼に、白浜はまゆう病院からファックスで届きました。宿泊先のホテルの便箋3枚に書かれていましたが、3枚目の原稿の最後の1行が切れていました。便箋いっぱいに書いてあったので、端までファックスが読み取れなかったのです。どうしようか? 作文するか! と考えていたら、文六先生から電話がありました。
2008.4.4 へつぎ
会報「たいまつ2号」が出来上がりました。現在、事務所で発送作業に追われています。医療問題を中心に編集しています。読んでみたい方はぜひ事務局までご連絡ください。
〈日本の医療の流れを変える会 〒879-7761 大分市中戸次4496-2 TEL 097-548-8277 FAX 097-548-8276
〉
2008.4.3 へつぎ
本日13時より、2回目の「後期高齢者医療制度 廃止!」の街頭宣伝を大分トリニータの試合がある九石ドームの近くで行いました。
風が吹いて、肌寒かったのですが、文六先生は真っ赤に日焼けしました。
街頭宣伝は、、まだまだ続きます。活動に参加してみたい方は、事務局までご連絡ください。
2008.4.2 へつぎ
「保険証(後期高齢者医療保険)が来たんやけど。役所にお金を振り込むんじゃないんやな。年金から引かれ放題やな。これから病気ばっかりするやろうに。年寄りには早く…、ということかえ。なんも説明がなかった。保険証とパンフレットが来ただけじゃ。こげんこと、あんたに言ってもしょうがないけど」。義父の介護をされている女性が、少し声をつまらせながら、話してくれました。
「新聞の字が大きくなって読みやすくなりましたね」と、夕刊を渡しながら高齢の男性に話しかけました。「いい事は書いちょらん。こん年になって保険料を取られる。取られるばっかりじゃ。あんたが年取ったら、今よりもっと悪くなるやろうけど」。
新しい制度は、みんなに希望をもたらせるものでなければ、と思います。「長寿保険」と呼び名を変えて、どうなるのでしょう? 中身は変わらないのに
!!
2008.4.1 へつぎ
春は、万物がめざめる季節。
人間社会もその例外ではないように思います。
先日の朝、事務所の横、へつぎ病院の前を、30人ぐらいの若い男女が歩いていました。足取りは軽く、どの顔もはつらつとして楽しそうでした。普段は、歩いている人は、ほとんどないところですのでびっくりしました。枯れ木に花が咲くといいますが、その風情でした。
事務所で「あの人達は、何してるんだろう?」と聞くと、「へつぎ病院の新入職員で、今オリエンテーションを受けてるようです」という返事が返ってきました。
こうした若者たちの血液が、社会を新しくつくりだすのでしょうね。
現実社会は、厳しいですが、希望に燃えて社会にはばたいた若者に幸あれと祝福し、幸多かれと祈りました。