文六つうしん 2008年3月号 3/9~20  ● 3/1~8 →  ● 3/21~31 →

3月9日(日)  日本の医療が危ない (3)

§後期高齢者医療制度の即時廃止を !!

 私は、本年4月より実施予定の 『 後期高齢者医療制度 』 の廃止を求めます。それは、世界に冠たる社会保障制度として国際的に評価されて来た日本の国民皆保険制度そのものを崩壊させる思想と仕組みが内包されていると考えるからです。
 1961年に発足した国民皆保険制度は “ 救貧より防貧! ”を 中心思想として出発しました。それは確かな歩みを進めて来ましたが、混合診療解禁と株式会社の医療業参入を推進して来た小泉政権の時代に急転回させられはじめました。社会保障の根幹をなす “ 公助 ” を削減し、 “ 自助 ” に相当する自己負担を大幅に増やすことにより、日本の医療の最大の特徴であるフリーアクセスが崩れはじめました。さらに、医療・福祉・介護・教育・保育の分野に市場原理が導入されることにより、医師及び多くの医療従事者が疲弊してしまい、医療機関の経営危機を招来し、医療崩壊の道に突入させられてきています。これに伴い、医療受給環境は極端に悪化してきております。
 このような中で、年金でしか生活の糧を得られない高齢者に、医療を受ける権利を奪ってしまう仕組みが内包された後期高齢者医療制度が実施されようとしています。その仕組みの問題点は以下のように多岐にわたります。

  1. 相次ぐ年金の切り下げ、定率減税の廃止、扶養控除の廃止、介護料の天引き等が続き、手元に残る高齢者の年金は大幅に低下しています。
  2. その上に、後期高齢者医療制度の保険料を天引くことになりますと、ますます受取る年金が少なくなります。
  3. また、現在給与所得者の扶養家族になっている高齢者約 200 万人は、新たにこの保険料を納入しなければなりません。75才以上の夫婦二人暮らしの場合、この制度は個人単位ですので別々に2人分の保険料が引かれます。これらは高齢者個々人に対する実質的な “ 増税 ” に等しいとも言えます。
  4. 現在75才以上の高齢者で、国保料及び介護保険料の滞納者が約1割いるといわれています。この人たちは、後期高齢者医療保険料も必然的に払えなくなることは目に見えています。その場合は、資格証明書 (*) が発行され、医療機関にかかる時は、いったん10割全額を現金で払わなければなりません。このような人たちは、継続して医療を受けることができるのでしょうか?
  5. しかも、自治体によって後期高齢者医療保険料の額にはバラつきがあります。財政力豊かな東京都練馬区では、旧ただし書き所得別 (*) の保険料を従来の国保料と比較しますと、年収 235 万円以下の人たちは保険料が割り増しとなり ( 最大 120.9% ) 、285万円以上の人たちの保険料はむしろ減額 ( 最大マイナス 23.7% ) になります。低い年金生活者の保険料は増え、より高額所得者の保険料は減る仕組みとなっています。低所得者により多くの負担をさせるということは社会保障の理念に反します。 < 下記の図表を参照して下さい。>
  6. この制度での医療費総額が予算をオーバーしますと、その超過分を保険料の値上げで賄わなければなりません。75才以上の高齢者に加えて65才以上の障害をもったハイリスクグループで保険料を負担するのですから、ゆくゆくこの制度の財政破綻 ( はたん ) は火を見るより明らかです。その場合には、さらに資格証明書の交付される高齢者は確実に増えます。
  7. 後期高齢者医療制度の診療報酬は包括制となっていますから、75才未満で受けられた医療に比べると、粗診粗療を強いられることともなります。元厚生省の局長まで務められた現大阪大学教授の堤修三氏は、この制度は 《 たちまちのうちに “ うば捨て山制度 ” と化すだろう 》 と明言されています。

 とりわけ、高齢者は経済的基盤が弱いため、受診を控えざるを得ず、必然的に重症化して受診することとなり、結果として高齢者の死を促進させることとなります。
 現在の高齢者の多くは、青年時代には 《 若者はお国のために死んでくれ 》 と言われて戦場に送られ、1945年の敗戦後は日本の再生のために必死に働き続けて、日本を世界第2位の経済大国に押し上げてきました。このような高齢者に対して、この後期高齢者医療制度は、まさに、《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 と言わんばかりの制度です。 《 一患者一医療機関 》 という制度の縛りの中では、実直な高齢者は転医することさえできないでしょう。
 さらに、この制度には1~7まで触れましたように、受けられる医療を年齢によって区別し、弱者は救済され得ないという制度ですから、日本の社会保障制度の根幹を崩壊させる制度でもあります。
 以上のような理由で、私はこの制度の廃止を求めます。さもないと、この制度が他の社会保障制度そのものまで侵蝕し、日本の社会保障制度は完全に崩壊させられてしまいます。

   後期高齢者医療制度の即時廃止を求めます !!



「資格証明書」 国民健康保険税を特別な事情もなく1年以上滞納すると、保険証を返還し、変わりに交付される証明書。

「旧ただし書き方式」は、総所得額等の合計額から基礎控除額(33万円)を差し引いて所得割額を計算する方式。国民健康保険法施行令第29条の7第4項。






3月10日(月)  見る・観る・聴く・嗅ぐ(1)

§道路特定財源問題

 これが国会では問題になっているが、庶民 ( = 自分の生活と仕事に追われて、他の領域について詳しく知ろうとしても、その時間的余裕を持てない人々 ) である松本文六には、問題の本質を捉えることがなかなかむつかしい。医師不足の環境の中では、患者さんの診療に追いまくられて医師自身が医療を良くするために何をすればいいのかとその方策を練り出すのにも時間に追われてできないのが現実である。一人の医師が、こう考えるといってもそれを他の人たちに伝え、意見交換をする余裕と場が持てない。そのために、医療に関して何も判っていない政治家と役人が問題の解決どころか、却 ( かえ ) って現場を混乱させる方策ばかりを次々に出してくる。このような事態は大変危機である。日本医師会や病院団体の役員でさえ、極く少数の者を除いては専従ではない、かけ持ちである。これでは、政策提言に向けての医療界内部の議論の場さえも持てないのは理の当然である。まさに壮大な悪循環である。
 このような状況は医療分野だけではない。政治の世界もそうであろう。だから混迷しているのである。
 政治の今は、坂本竜馬の時代である。と捉えるべきではないのか。今の政治状況は、黒船来航以後の幕末の混迷の域に達した徳川幕府老中政治と酷似していると、松本文六は考える。

 閑話休題。

 道路特定財源とは、建前としては、自動車所有者から税として徴収し、それを道路整備に活用する財源を指している。 2008年度のこの税の見込み額は約5兆3000億円という。このうち国に約3兆3000億円、地方に約2兆円が配分されることになっている。ここまでは判る。しかし、このあとのことが判らない。だから議論できない。調べば良いというのだろうが、今その時間的余裕はない。
 小生、松本文六が知りたいのは、約5兆3000億円を、暫定税率を廃止したとすれば、税収はいか程になるのか。暫定税率を廃止するとすれば、その差額分は、当分、何で手当するのか。各県知事が問題としているのは、民主党のいうように時限立法の期限 ( この執行の期限は3月末日 ) が間近に控えている現在、廃止すれば良いというが、そうすると、2008年度の予算が組めない、これでは困ると言っていると松本文六は推測する。それに対して、道路財源の一般財源化には絶対反対、10年間すべて道路に使うとまくしたてる冬柴国土交通相、民主党他は税率廃止、環境税への転換と主張するから、ますます松本文六は判らなくなる、理解しにくい。
 この際、暫定税率をこの1年だけ延長してくれと与党は主張すべきだ。しかし、暫定税率は2009年度には一旦廃止して、その本来の税率との間に生じる差額分をどうするのかについてこの4月以後、しっかり協議しましょう、あらゆる税制そのものを見直し、増税の形も含めて改めてしっかり協議しましょう、と自民党は何故言えないのか。庶民としての松本文六は呆 ( あき ) れている。皆さんはどうお考えでしょうか?
 政治は、国民の生活が困っている時には、即それに対応する必要がある。国民が最も望んでいる方向を的確に捉えて手を打つことが肝要。今の与党・野党とも自らの建前にこだわりすぎ、問題をますます混乱させ、何も解決できないというのが今の政治だと松本文六は考える。
 だから、今は竜馬の時代だ!と松本文六は主張している。 KY 政権と KY 野党 !!



3月11日(火)  見る・観る・聴く・嗅ぐ(1)

§ 救急の “ タライまわし ” ①

 今日( 3月11日 ) ニュースだったか、いわゆる “ 救急患者のタライまわし ” が、昨年全国で1000件を越えたという。マスメディアの論調は、2、3年前に比べると、その趣きが変わってきていると、小生、松本文六は想う。
 従来は、《 これはけしからん。病院は何をしているのだ !!  》 という論調であったが、最近は、《 どうも医療がおかしくなっているのでは? 》 という風にマスメディアも少し医療が崩壊してきていることに気づき始めたように思える。某大学の某教授曰く、《 医療のことについては、素人には判りにくいのではないのか? “ タライまわし ” の報道が今以上に多くなってくるのは眼にみえている。患者や病気を持たない国民が、やはり医療が大変だ、俺たちのいのちはどうなるのか? というような極端な不安状況に陥 ( おちい ) らないと、政治家や国やマスメディアは本気で動こうとはしないのでは? そういう意味では “ タライまわし ” 報道をジャンジャンやって欲しい。》 と。
 このような一言を耳にすると、その教授はどこの何某かと問いただそうとするメディアや国民がたぶん多くいると思う。今や大学病院でさえ医師不足でヒィーヒィー言っている。その本音が先の 《  》 内の言葉として出て来たと松本文六は想う。
 国民が、政治家が、マスメディアが、単に医療界批判するのではなく、どうすれば、自らのいのちに直接関わる医師や医療がこんなにおかしくなってきたのかを考えるべきである。
 冒頭のニュースの中で、こんな一言があった。救急車があちこちの病院に連絡し、受け入れ可能な病院に患者を搬送するまでの時間が救急隊に要請があった時間から計算すると何と5時間もかかったという。
 今の “ タライまわし ” の状況は、今後とも続くと思われる。国が大胆な的確な対策をとらないと。
 松本文六は、根本的には、国の ① 医師は充足している  ② 医療費をこれ以上増やすと国が滅びる という二つの前提で 1983 年以来医療政策をすすめて来たことに原因があると考えている。しかし、この二つを是正するには 10 年以上かかる。とりわけ新卒医師の数を2倍にしても現実の救急タライまわしを解決するには 10 年以上かかる。
 では緊急対策とすれば、どうすればいいのか? 唯一、都道府県毎に人口に見合った研修医の定員枠を設置、研修医の恣意 ( しい ) のみで病院選択と移動の自由を規制することである。
 そうでないと、サッチャーが 1980 年代にイギリスの医療を崩壊寸前まで追い込んだような現象が日本で明日にでも起こるということである。


3月12日(水)  見る・観る・聴く・嗅ぐ(1)

§ 救急の “ タライまわし ” ②

 救急指定病院の返上が全国で続いている。
 朝日新聞は自社で全国調査をし、2008年 1月14日、その集計結果を公表した。
 2005年10月から 2007年10月の間、2次救急病院が 3,996病院があったが、235病院がそれを返上したという。新たに救急を始めた病院もあり、2次救急病院は174病院減ったという。最も多かったのは福岡県で、何と26病院減ったという。12.4%減である。
 東京・大阪はそれぞれ 326、254病院のうち、この2年間でそれぞれ 15、14病院が2次救急指定病院を返上したという。
 そのほとんどが、医師が少なくなり、対応が実質的に困難になったためだという。スタッフが少なくなったのは大都市よりも地方で著しかったという、愛知県高浜市では唯一入院できる病院だった高浜市立病院(当時90床)は、2007年5月、2次救急指定病院を返上したという。医師が多い時は 13人いたのが、大学病院による医師の引き揚げで内科・外科各1人計2名になったという。病院を縮小して 44床にしたという。そのため 2007年度は 6億円の赤字を抱えることになるという。
 これらは氷山の一角で、天心堂へつぎ病院もどうなるのか、正直先行き不安でもある。当直医を一部他の病院からの医師派遣で糊口 ( ここう ) を凌 ( しの ) いでいる。とりわけ、一時期 3人いた小児科医が現在は1人となっており、患者さんが必ずしも満足のゆく対応ができない場合もある。具体的には、これまでほとんど子どもを診療したことのない医師の場合、小児診療を深長に起すのが躊躇 ( ちゅうちょ ) されて、大分県立病院や3次救急病院のアルメイダ病院にお願いせざるを得ない時が当然ながらあり得る。
 それに、専門領域以外の診療の経験と教育を受けていない医師の場合、万が一トラブルを起こしたらどうしようという不安が先に立ち、窓口で診療を遠慮していただく場合もある。これは、現在の若い医師の場合に特に著しい。全国的な規模で、いわゆる “ 保身医療 ” が増えている傾向にある。一度トラブルに巻き込まれた医師は、医師という仕事を辞めなければいけないのではと深刻に悩むケースも結構あるようである。
 国は病院は多すぎるということで、病院規制を始めた。これも医療費を抑制するためである。いい例が療養病床 38万床を 2012年3月末で 15万床にする方針であったが、それでは医療難民、介護難民が増えるではないかという批判があちこちより出て来て厚生省もついに緩和して 20万床あたりに落ちつけようと方針を変更した。医療費を抑制するために、診療科の重点化、集中化を打ち出しているが、それによって地方の病院の規模縮小と病棟閉鎖あるいは病院閉鎖および診療科の閉鎖が惹 ( ひ ) き起こされる。
 医療・介護・福祉・教育・保育は国民の生活に最も必要なものであり、それが身近にない限り、安心して暮らしてゆけないということを政治家と役人はもっともっと知るべきである。それを変えたいと思って、小生、松本文六は参議院議員選挙に出たのであるが……。
 医療を変えるためには、介護・福祉・教育・保育を変えるためには、日本の政治の根幹より変えなければ日本の将来はないと松本文六は確信している。医療・介護・福祉・教育・保育に金をかけない政党には次の選挙の折にははっきり N O! と拒否権を発動しましょう。


3月13日(木)  見る・観る・聴く・嗅ぐ(1)

§ 救急の “ タライまわし ” ③

 何故こうなったのか?

(1) 一つは救急患者を受け入れる二次救急病院の当直医に専門外の患者さんが来られた場合

 当直医がその診療に自信がないと断ることが多くなった。その背景には医療裁判の増加である。例えば、脳梗塞の患者の場合、現在は最新の治療 ( A - PA 療養) が要請されている。もし、当直医が整形外科医で A - PA 療法を経験したことがなく、自信もないとしたら、救急隊より 《 脳梗塞のようです 》 と連絡があった時点で、《 申し訳ないが、それは○○脳外科か、△△病院にお願いしてくれ 》 と答えることは容易に想像がつく。
 それは最近の医療裁判では、《 脳梗塞の治療には A - PA 療養というのが主流になっている。にもかかわらずそれを施術しなかったのは、問題があるのではないか!》 と患者側の気持ちから追及される。このような中では、当直医自身が自分の自信のない領域を避けようとするのは極自然の反応である。

(2) 医師も人間です!

 世の人々は医師は万能であるべきと決めてかかっていることに、私たち医師は困惑している。医師も人間です、酒を飲んで診てくれるな!  と休みにもかかわらずオンコールのため呼び出される医師の立場も少しは考えて下さいと言いたくなるのも人情です。患者の皆さん、医師は聖人ではありません、万能ではありません。時に失敗することも事実あります。100%を要求されると医師たちは逃げ出したくなります。これが、今の医師不足の大きな一因であり、タライまわしの一因でもある。

(3) 診療報酬の経済誘導の結果

 二次救急病院から断られ、三次病院に運ばれるケースが最近増えている。そして三次病院がパンクしそうになって来ている。この原因には、《 救急患者を沢山みれば “ 報奨金 ” を出します 》 という診療報酬上のシステムが2002年より始まり、その中で救急車で来た患者が多ければ多いほど診療報酬が高くなる仕組みを厚労省が作ったことにある。時間外に来られる場合には救急車で来て下さいと、対外的に患者さんに向かって救急車の利用をすすめた。これ位で救急車が利用できるなら今後も使おう、行き先はこちら ( 患者側 ) の意向で運んでくれるのなら、あっちの大病院の方が安心だと大病院への救急搬送が多くなった。因 ( ちな ) みに、この10年間で救急車による搬送は300万人から500万人に増えたという。そかもそのかなりの部分が軽症者だ。
 これは診療報酬で経済誘導 ( 急性期特定入院加算方式 ) し、そして患者さんのブランド志向を刺激したため、二次救急病院を一挙に跳び越して三次救急病院への患者が急増し、今やパンク状態になってきた。埼玉医科大学医療センターの救急患者は、数年前に比べると4倍になったという。しかも、その大部分が軽症者であるため、時間外受診者に対して1回につき 8,400 円を請求したいという案を昨年公表した。今どうなったかどうか、私はまだ調べきれていない。

(4) 政策の失敗をきちんと総括せよ
 救急患者の “ タライまわし ” の陰の功労者 ( !!!? )は診療報酬のカラクリが大きかったということは未だ誰も書いていないが、厚労省の罪は大きい。このような混乱の張本人は、医療費抑制のため医療に市場経済原理主義 ( 報奨金制度 ) を導入した小泉政権と厚労省にある。そしてそれを主導して来たのは小泉政権下の経済財政諮問会議であったということを肝に銘じるべきだと私、松本文六は思う。しかし、このような政策の失敗の責任をとったという話は未だかって聞いたことがない。
 これだけ、医療現場を混乱に陥 ( おとし ) れた役人はやはり責任をとってもらいたい。新たな政策を出す時にはシュミレーションをして、その光と影の分をきちんと分析し、事前に公表すべきであろう。影の分は知らんよ! というのは何としてでも止めさせるべきである。少なくとも2年前の診療報酬改定に当たった厚労省の責任者は2年後には必ず総括文書を国民に向けて出して欲しい。否、出すべきだと松本文六は考える。
 総括→仮説→実行→光と影の総括、という循環をきちんと踏まえてゆけば、馬鹿げた医療に関する法律や省令・通達などは生まれて来ないであろう。

3月14日(金)  見る・観る・聴く・嗅ぐ(1)

§ 国税庁の職員も唖然とした脱税者


 脱税する者は巧妙に脱税すると考えていた、小生、松本文六には、その想いをひっくり返すような報道があった。
 父親より相続した59億円余りを、自宅車庫にダンボール箱につめて隠していたという。その車庫に山積みされたダンボール箱に1万円の札束がぎっしり入っており、中には虫食いやカビで保存状態の極めてよくないものもあったという。
 一体何のために脱税したのか? と庶民はもったいないなあ!とタメ息をついている。それにしても、国税庁は2004年に父親が死亡しているのに、何で今頃になって逮捕するのか? とあまりにも遅い執行に小生、松本文六は疑問に思う。
 国税局の職員も唖然とする間抜け脱税者の脱税をどうして見抜けなかったのか?
 陰に極めて有能な会計士か税理士がついていたとか? このような場合、彼らは処罰されないのであろうか? 悪を助ける会計士や税理士は社会的に処罰されていいと思うのだが。



3月15日(土)  見る・観る・聴く・嗅ぐ(1)

§ 若い医師たちは何を考えている?

 最近、若い医師との世代間ギャップをしばしば感じる。
 世の中が変り、時代が変り、医学・医療が大きく変容してきているのであるから当たり前といえば当たり前である。
 何が一番違ってきているのか? と問われると、 《 自己中心的 》 と言える。これは、多くの同世代 ~ 50 才代の医師と話している中で、この感慨はどうも共通している。
 ある医師曰く、 《 40才男性医師が、私の病院に就職したいと来たんだが、当初から給料は○○円位、当直ははずして欲しい、土日・祝日は休ませて欲しいと言うんだよ。うちのような中小の2次救急医療施設では他の医師とのバランスから考えると、雇う訳にはいかないもんな。 》 と。
 また、別の医師曰く、《 病気は24時間365日待ってくれないということが解っているのだろうか? まるで患者に対して、常々医者の都合にあわせてくれといっているようなものだ。このあたりの感覚が俺たちには解らないなあー 》  と。
 何故なんだろう? 小生、松本文六は、今の大学医学部・医科大学の入学形態を変更しない限り、この主の愚痴 ( ぐち ) はなくならないだろうと思う。現在、高校卒業時に自らの一生の仕事として医療職、とりわけ医師を選ぶ基準は何であろうか? ここ3年間、大分大学医学部の臨床薬理学のクリニカルクラークシップを1単位受け持たされているが、その折にどういうことで医学部を選択したのか? と問うと、明確に臨床医をめざして進学したという学生の数は少ない。
 偏差値が高いと、高校の教師から医学部はどうか? という形で医学部に来たという学生が結構多い。親としては、医学部に入れば、就職の心配がないから即賛成するようだ。
 しかし、最近の医療崩壊の中で、ある県の医師会長は 《 孫が医学部に行きたいと言ってきたので即やめておけ 》 と言われた由。親や親戚に医師がいるかいないか全くそのような関係性を持たない高校生は、教師と親の意見で医学部に進むケースが結構あるようである。そこで決定的に欠落しているのは、 《 お前に医者としての適性はあるのか? 》 という質問である。これは、教師などがその高校の進学率や医学部合格率を云々するのではなく、本人の性格と考え方を踏まえ、医者としての適性の有無を判断すべきである。本人がそれを考えきれば問題ないが、しかし18才でその判断は難しいのではないのか?
 私、松本文六は、 《 4年制の大学を卒業した者にしか医学部や医科大学の受験資格を与えない 》 とする方がいいと思う。ロースクールの形でメディカルスクールの制度をつくるべきだと思う。
 そうすれば、医者として適性のある者が今より多くなり、土日・祝日・時間外は仕事しないというトンデモ医者は姿を消すと思われる。ただし、国が日本全体の医師数は現在人口1,000人当り2人であるが、それを倍の4人を目標にすると宣言しない限り、この点の問題点も改善されないであろう。



3月16日(日)  崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― (1)

§ 医療崩壊のはじまり

 現在の、日本の政治情況は坂本竜馬が生きた時代に酷似している。そして、日本の医療は崩壊過程に突入している。これは当然ながら政治の責任であるが、政治そのものが迷走している現在、医療はますますその実質を失い、変容し、マイケル・ムーアの映画『シッコ』が糾弾しているアメリカ的民間医療保険会社主体の医療に近づかざるを得ない環境に置かれている。

 以下、医療崩壊の要因とその崩壊を防ぐための方策について述べる。


Ⅰ 医療崩壊のはじまり

 医療崩壊という言葉はいつ誰が使い始めたのか? 少なくとも、小泉政権の成立以後使われ始め、『骨太方針2005』に基づいた2006年の診療・介護報酬改定の頃より、この言葉は次第に頻繁に使われだした。私は、2002年、日本病院会雑誌に《小泉改革の正体  それは皆保険制度の解体  》という小論を投稿したが、当時それ程反響は呼ばなかった。それは、崩壊を象徴するような医療に関する“大事件”がなかったからである。その発端となったのは、20041217日の福島県立大野病院での帝王切開後の妊婦の死亡“事件”だった。これは《不可抗力で予見不可能な診療に関連した死亡事例》であったにもかかわらず、当時のその病院管理者は、これを医師法21条に基づいて警察に届け出た。その届出から1年以上もたった2006218日に当該産婦人科医が外来診療中に警察に直接踏み込まれ逮捕された。これが産婦人科医のみでなく、彼らを跳び越して臨床医の、とりわけ真摯(しんし)に医療に取り組んでいる医師たちの憤激を買った。《これではお産なんかやっておれない、いつ夜中に起こされるか判らない、24時間365日オンコール体制で命を縮めながら診療しているのに、予見できない不可抗力な医療事故さえも刑事事件として取り扱われるのでは医療はやっておれない !! 》と産科診療を辞める産婦人科医が続出し始めた。この“事件”が医療崩壊の大きな始まりとなった。
 ちなみに、大分県では、人口合計約
12万人の県北の中津・国東両市には2004年にはお産を取り扱う医師が10人いたが、この1月にはたった1人になってしまった。また、県南の人口8万数千人の佐伯市では、2004年に6人いたが20074月には同様に1人になってしまった。例年の分娩件数500件程の県内地域ではこれだけの分娩を扱うのは不可能である。



3月17日(月)  崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― (2)


§ Ⅱ 医療崩壊の要因

(1)見えない医療従事者の思い

 20064月の診療報酬の3.16%の引き下げ、200510月の介護保険施設での食費・居住費の自己負担化及び20064月の介護報酬4.7%切り下げは、医療・介護現場にさらなる崩壊を促進させてしまった。医療も介護も《きつい・汚い・危険》な3K職場と言われている。手を汚さずに優雅さを求めている人たちに、今の政治は手を差しのべ、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるような社会の中で黙々と働いている人たちや施設にとって、それは痛切な打撃となって、投げ込まれた小石による波紋が急激に拡大するような形で彼らの疲労感を増長させていった。このようなことを話すと、《あなたたちは結構賃金はいいのではないの。あなたたちが言うのは信用できない。自分たちの賃金のことしか考えていないのだから》と、組合幹部から言われることがある。問題はそうではない。“痛切な打撃”の意味は、これでは《患者さんに、利用者さんにこれまで以上のサービス提供は到底できない。医療やサービスの質を上げ(これまで、そのような名目での介護報酬や診療報酬が提示されたことはかつて一度もなかった。それぞれの施設での自弁が強いられていた)ようにも、その費用がなくなってきました。私たちの処遇のために言っているのではありません。》という、哀しくも痛切な想いのことを指している。空気の読めない組合幹部の何と多いことか !!

(2)行政も理解していなかった医療現場の過重労働

 また、2006年には、労働基準局が病院の医師の勤務時間調査をし、今の病院の当直は労働基準法の当直・宿直業務に相当せず、普通勤務と変わらない。それに見合った医師数を揃えよ! という“トンデモ通知”をしてきた。確かに、医師の当直は、二次救急病院等急性期病院では、翌日勤務も併せると、連続32時間以上の勤務は常態化している(表1)。とりわけ中小の病院ではそうである。地域の医療を担っている病院は、100200床規模が大部分である。そこに勤務する医師にこの労働基準法を適用すれば日本の救急医療はまったく機能しなくなってしまう。この法の遵守を強制すれば、中小病院の医師は労働意欲を失い病院を辞めて開業する。そうすると、そこにかかっていた患者が大病院に集中し、そこの医師はさらに疲弊してしまい、勤務医を返上してしまうという壮大な負の循環が始まることとなる。このような中で、厚生労働省は、医師の常勤換算を1人週32時間とするという通達を出した。これは彼らの辻褄合せの論理であって、病院医療の当直の実態は何一つ把握し理解していないばかりか、“週32時間労働”という形でお茶を濁し、医療現場を改善する気は毛頭ないことが明らかになった。この時点でもなお厚生労働省は《 医師は充足している と頑固に主張し続けていた。空気の読めない役人の何と多いことか !!

 このような空気の読めない政治家・役人・組合幹部をはじめとする偉い方々が現実の医療崩壊を招いた。これはまさに人災だ。





3月18日(火)  崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― (3)

§ Ⅲ 医療崩壊の元凶

 この医療崩壊の要因を図1で説明する。

【図1】


 最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、 最も主要な医療崩壊の元凶は、日本の社会保障政策にある。医療崩壊の主要な要因の二つの柱は、①医療費抑制政策と、②医師数の絶対的不足だ。そもそも、厚生省が医療政策の中心にこの2つの柱を打ち立てたのは、1983年当時の厚生省保険局長吉村仁氏の《医師数が増えると医療費が増大する》という“医療費亡国論”に拠(よ)る。そしてそれが、つい最近まで、厚生労働行政の中核的思想と化し、医療行政の隅々にまで根をはいまわらせていた。この考え方は化石化していると国が認識したのは、何とつい先日の2008212日の内閣答申書だ。《 医師数は総数として充足している状態にはない 》と。それも、毎日のようにマスメディアを賑わしている医師不足のニュースとねじれ国会という外圧によるものだった。医療費亡国論が主張された1983年前後より、医学・医療はすさまじいスピードで変容した。1970年代後半には内視鏡が開業医レベルで使われ始め、CTという大型診断機器の出現やHブロッカーという抗潰瘍剤の開発は、医療を革命的に変容させた。CTは脳卒中やがんの診断確率を大幅に上げ、Hブロッカーは、それまで外科の主要な手術対象疾患であった胃・十二指腸潰瘍を激減させた。外科医はもう要らなくなるのでは? という嘆き節が流れる程、医師たちへの衝撃はすさまじく大きいものだった。さらに、MRIや心筋梗塞の緊急手術手技としてのいわゆる風船療法の普及、RETの出現などにより、従来の医師が果たしてきた守備範囲が一挙に狭められ、従来の医師数のみでは医療現場は患者の要請に応えられなくなってきた。すなわち、医学・医療の革命的な進歩によって医師の絶対数の不足が顕在化してきた。原口仁局長の医療費亡国論が出された1983年にはすでにその予兆は出ていた。
 OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中、日本の人口1,000人当たりの医師数は2003年当時は何と27位、G8の中でも最下位だ(
表2)。
 また、日本のGDP(国民総生産)に占める医療費の割合は、OCED中22位である(
表3)。最近のアメリカにおける実証的な研究では、「医師数抑制は医療費抑制に直接的影響はほとんどない」と結論づけられている(愈炳匡:『「改革」のための医療経済学』2006)。医療費亡国論政策は、止まった時計を大事に抱えてすでに二廻りもしているのに、この時計は止まっていないと言い張り続けた頑迷固陋(がんめいころう)な厚生~厚生労働官僚によって固辞しつづけられた、それが故に、現在の医療崩壊がもたらされた。その元凶はまさに医師養成数の制限と医療費抑制政策であった。

【表2】

【表3】


3月19日(水)  崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― (4)


§ Ⅳ 医療崩壊を促進した元凶

 図1(3月18日を参照)にみるように、医療費抑制のために、診療報酬制度に市場経済原理を導入したことは、医療崩壊をさらに促進させた。
 その最たるものが“平均在院日数の短縮化”に象徴される。わかりやすく言えば、1990年代半ば頃までは、老人の肺炎などは20日間位でゆっくり治していたが、これを10日間で退院させれば“報奨金”を出すというアメとムチの政策が診療報酬に反映されることとなった。そうすると医師・看護師をはじめとする医療従事者の労働密度は2倍となる。これが1~2年ならば何とか我慢できるが、1990年代後半から、診療報酬の2年毎の改定の度に平均在院日数短縮化報奨金制度という固いこん棒で尻をひっぱたかれ、医療従事者は疲労困憊(こんぱい)してしまい、ついには職場を離れて行った。また、病院経営が厳しい中で、2000年代に入って今度は救急医療に関しても“報奨金”制が導入されてきた。それまで、救急をやっていなかった一部の大赤字の公的病院まで“報奨金”を求め始めた。そのための要員を確保するために中小病院より医師・看護師などが引き抜かれ、中小病院が医師・看護師不足によってますます疲弊し、ついには病棟閉鎖や、診療科閉鎖が起こってきた。
 71看護とは、1人の看護師が平均7人の患者を看るという体制を病院単位で用意すれば、大幅な“報奨金”を出すという方針が2006年の診療報酬改定で明示された。これを契機に、看護師の大移動が全国的規模で起こり、中小病院は経営的に首をしめられる状態に陥(おちい)ってしまった。これは、表4を見れば歴然とする。おそらく131以下の病院はほとんど赤字決算をせざるを得ないであろう。

【表4】



 このように、医療現場に医療費総枠を増やさず、市場経済原理を導入することにより、医療崩壊は極度に促進されてしまった。
 20044月に始まった卒後臨床研修制度の開始により多くの研修医が都市に集中し、医師の偏在を促進。併せて大学に残る研修医が少なくなると大学病院の診療機能に支障を来たしたため、派遣先より医師を引き上げるという事態が発生。中小病院はそのために診療を縮小・閉鎖を余儀なくされ、地域の医療に大きな支障を来たし、地域医療が崩れ始めた。さらには、厚生労働省といくつかの医学会が病院機能の重点化・集中化の大合唱を始め、中小病院の小児科や産婦人科には最低2人あるいはそれ以上いないところには大学は医師を派遣すべきではないとして、医療崩壊の穴をますます拡げる役割を担ってきた。
 他方、対患者という関係で医療崩壊が促進された大きな要因として、医療訴訟の問題がある。
 神の力を借りなければ、あるいはその現場の技量だけではどうすることもできない不可抗力の事故が訴訟に持ち込まれると、病院も医師も疲れ保身化してしまい、保身医療が跋扈(ばっこ)しはじめ、医療のソフトが自壊しはじめたのである。
 これらのことはⅠの部分で述べた(3月16日を参照)ので繰り返さない。
 以上を言葉としてまとめると、以下のようになる。

医療崩壊とは?

 病院勤務医が、様々な医療政策の朝令暮改的な改変やマスメディアの過度にして不正確な医療“事故”報道などにより、その勤務の過酷さに耐え切れず、マイペースで私生活と診療が選択できる開業へと走ったために、病院が医師不足により閉鎖されたり、診療科の縮小・閉科に伴って、患者が従来通りの至便な医療が受けられなくなっている状況の総体的表現である。 <2007.11.5 松本文六>



3月20日(木)  崩れゆく日本の医療 ― その原因と対策 ― (5)


§ Ⅴ 医療崩壊を防ぐ方策

 すでに述べたように、もはや医療崩壊は雪崩がすでに始まっていて、それを防ぐことは不可能と言っていい。むしろ、再生のために何をなすべきかを考えるしかない。
 第一には、医療費を大幅に上げ、医師数を大幅に増やすことである。表5に示すように、OECD平均に追いつくためには年約4兆5,000億円、OECD上位10カ国の平均に追いつくためには年約14兆円を投入しなければならない。サッチャーが医療に市場原理を適用したため、イギリスの医療はすさまじい崩壊現象を来たした。ブレア首相は、2001年に「医療費を1.5倍にする!」という公約を掲げ再選を果たした。日本にはその財源はある。財源はつくろうと思えばつくれるというのが国家経済に詳しい日本の学者の共通の意見である。どの分野に優先的にカネを使うかは政党の価値観と都合によって異なるにすぎない。

【表5】


【表6】


 また、医師数は、OECD平均に追いつくために実数として約13万人増やす必要がある(表6)。数あわせでは、今の2倍に医師養成数を増やしても、約8年はかかる。しかし、免許を得た医師が独りで患者をきちんと診れるレベルに達するには約10年を要す。したがって、OECD平均のレベルに実質的に達するには20年ほどかかることが推測される。
 遅きに失したとは言え、医療費総枠を増やし、医師の絶対数を増やすという二つのことを再生のためには何としてでも実行に移す必要がある。
 これらは長期的な医療崩壊防止策である。臨時緊急的な措置としては、卒後臨床研修医の研修先を各都道府県毎に何人までと規制をかけることである。少しでも医療崩壊の緊急的歯止めをかけるとすれば、これぐらいしか方策はない。


これからの日本の医療提供体制への私の提案

  1. 医療は社会的共通資本として位置づける。この視座で医療政策を評価する。
  2. 累進課税の上限を旧に復し、GDPに占める総医療費の割合を現行の7%台から10%台とする。
  3. 医師の数を人口1,000人当たり4人以上に増員する。
  4. 専門医制度を見直し、日本の疾病構造に見合った定員数を設定する。
  5. 医師・診療所・一般医療機関の適正配置を推進する。
  6. 政策医療の細目を決定し、公私の区別をせずにそれを担う医療機関を選定し、病病連携・病診連携と役割分担を明確化する。
  7. 補助金及び受託金の公的医療機関への片寄りを全面的に見直し、公私を区別せず、官民格差を撤廃する。

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