文六つうしん 2008年4月号 4/18〜30

4月18日(金)  つらつら想うこと (1)

§ソドムとゴモラと220円


 先日、地域医療研究会の勉強会に出かけた折に、ルオーとマチス展を観に行った。
 東京新橋の汐留にある松下電工Museum で開かれていた。以前より、ルオーとマチスには興味があったので楽しみにしていた。そこに行くのに新しい地下道を通って行くのだが、すごい都市空間ができていて、驚いてしまった。確か、このような空間の最初は新宿であったのであろうが、今や東京のアチコチにそのような都市空間ができつつある。
 高い天井と石造りの構造、そこに入っているのは有名ブランドを品揃えした店 ・ 店 ・ 店である。
 しかし、何か虚 ( うつ ) ろな空間だなあと感じたことも事実である。これが大地震や災害が一度起ったらどうなるのであろうか? 原子力発電所がストップして電力が送られて来ない事態が生じたら、一体どうなるのだろう? とふとソドムとゴモラの都市の物語を想起した。
 消費、消費、消費と今やファンドと称される連中の合言葉の中には、それだけすさまじい破壊力が内臓されているように見えて仕方がない。
 これが私だけの “ 妄想 ” なのだろうか?


 ミュージアムの入口で、ピンクの紙を渡された。
 そこには、「ルオーとマチス」展 ご来館の皆様へ

《 220円でドリンク+クッキーのセットをご提供 》 
(ルオーとマチス展 限定)

と記されていた。《 おおう、安いな、ホテルや喫茶店でコーヒー1杯のんだら1000円近くとられるんだから! おまけにクッキーがついてるとは! 》 と、この松本文六は卑しい根性を出して、鑑賞後、その場所に行った。広い空間に20人ばかりの人がゆっくりコーヒー等を飲みながらくつろいでいるではないか。しかし、受付のラウンジには4〜5人列をつくっている。おまけに私の前にいる人たちが、コーヒーとクッキーを持って座れば私の座る場所を確保することができないではないか。と想ったとたんに 《 止めたっと 》  その場を離れた。
 やはり、皆さん安い料金のものを求めているのだ。建物とお店が超豪華であっても、人の心は…。だからソドムとゴモラの物語を想起したのかもしれない。


4月19日(土)  日本の医療が危ない (12)

§今、医療界で何が問題となっているのか


 4月12日、地域医療研究会の勉強会があり、上京した。
 メインのテーマは、厚労省の『診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会試案』(第2次試案)についてであったが、4月3日に公表された第3次試案ではその名称が変更されていた。新名称は 『医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案 ―第3次試案―』となっていた。
 講師は、大阪八尾市の医真会八尾病院理事長の森功先生。森先生は1995年に医療事故調査会を立ち上げ、多くの医療事故の原因分析とその防止策について研究されて来られた先生である。森先生は、今の厚労省第3次試案では、懸案としている医療関連死に関する原因究明と再発防止に対する実効性はない。医療被害者の補償まで踏み込んだ制度でない限り、試案のような “調査委員会”を設けても駄目であると断言された。一番大きな点は、死因究明と再発防止を唱えながら、患者の視点が完全に抜け落ちていること、第2の問題は刑事訴追をして処罰をすることを明記している点にあると。フランスをはじめ先進諸国では、医師には刑事罰を適用しないことを明言していると。
 また、森先生は、医療事故への対応は以下の6つの段階すべてを踏める制度にしなければ意味がないと指摘された。

   @ 検出・影響緩和
   A 共感的謝罪
   B 原因分析・評価
   C 責任謝罪
   D 患者救済
   E 予防法の確立

 現在の厚労省試案は、B のみを中心にしており、その上に処罰を前提としているので、認めるべきではないと。
 松本文六は、行政処分や監査機関への通報は全く意味がないとすでに指摘している。改めて、2月21日・22 日の「文六つうしん」を参照下さい。
 医療事故調査の名を借りた、医師の選別・処罰を行うことを目的としているとしか考えられない。そもそも、この検討委員会の委員に刑法学が専門である首都大学法科大学院教授前田雅英氏を据えたこと自身、厚労省の意図はみえみえであった。
 医療崩壊のキッカケの主要な要因は、医療裁判、刑事訴追や患者さんとの軋轢(あつれき)に対する恐怖感からであるということを“検討委員会”の諸氏は理解していないのではなかろうか。現に中小病院や二次救急医療機関では当直拒否や当直していても自分の専門以外の診療を忌避する現象が各地で起こっている。そのために、全国の主要な救命救急センターに患者さんが押しかけ、本来の業務に支障を来たしているのが現実である。そこに押しかける患者さんの多くは入院不要な一次救急の病状の人が9割を占めると言う。
 そのような環境の中で、医師達は疲れ切ってしまいます。そのあげくそのセンターから立ち去って行くという情況が眼に見えてくる。このような空気が読めないと、医療崩壊は益々進行してゆく。医師が行政処分や刑事訴追(第3次試案でも悪質な場合には捜査機関に通報すると明記されている)におののくと、自己保身医療が跋扈(ばっこ)する。これは一般的な現在の医師の心情である。行政処分や刑事訴追が想定されるのに自院の医療死亡事故を鷹揚(おうよう)に届け出るような能天気な医療機関管理者などいるはずがない。
 現在の医師、とりわけ、若い医師は厳しい受験戦争を勝ち抜いてきた猛者(もさ)である。能天気な者はとっくの昔に受験競争から脱落している。99.9%以上そうだと、松本文六には想える。
 医療事故死亡の原因究明と再発防止策に特化した、《医療事故調査委員会》、あるいは《医療安全推進委員会》とし、行政処分や刑事訴追はこの案から100%はずさなければ全くその存在意義はないと私、松本文六は考える。
 森先生曰く、《第3次試案が法案として通れば、医療機関は万々歳でしょうね》と。
4月20日(日)  つらつら想うこと (2)

§虫メガネ契約書


 最近出張の度に想うことがある。
 東京に行く時に、旅行社にお願いすると、航空券と別に 『 旅行条件書 』 というものがついてくる。要するに詳細な契約書である。新聞の活字の3分の2位の大きさ ( 正確には6ポ活字 ) の字で、A4の裏表にビッシリ印刷されている。1泊2日の出張であろうと、必ずこれはついて来る。この “ 契約書 ” の中味は未だに一度も目を通すことはしていない。理由は面倒だからである。
 事故が起これば、この契約書に従って処理されるのであろうが、事故の確率からして、《 まずは事故は起こらないであろう。もし大変な事故があって死ぬこともある。そのようなことがあれば、死ぬしかない 》 と考えているから、この虫メガネで読むようなものを気にすることもしない。
 その度に、この虫メガネ契約書を見ると、《 これを一回一回入れ込む作業も大変だなあ、資源の無駄遣いなのになあ 》 といつも想う。最近は、《 どうしてこんなバカなことをするのだろうか? きっと道路財源を大変な無駄遣いするのも同じ精神構造なのだろうな 》 と考えはじめた。
 道路財源関連の公益法人のお金の使い方は、《 こんなことをしても誰も文句は言うまい。バレることもないだろうし、長年の慣例なので責任を問われることもあるまい。しかも、予算は一年単位なので使わないと次の予算が削られるので使わなければ損だ。 》 という形なのであろう。旅行社の虫メガネ契約書も 《 どうせ誰も読めゃあしない。もしトラブルがあれば、これをタテにして済ませば、会社に損害は生じないし、自分の責任は問われないのだから、依頼書に渡す一式に入れとけばいい。 》  という形であろう。
 この2つの事象に共通しているのは、税を納めた人たちの心情、旅行を消費する人間の気持などどこ吹く風という想いである。
 そこには冷え冷えとしたこれからの日本の社会の人間関係を象徴している。人と人の対話を拒否する構造がある。
 アメリカ的市場経済原理主義、現資本主義社会そのものが人間の精神構造に異常を来たしつつあるのかもしれない。



4月21日(月)  医療についての質問から

 総合診療についての質問がありました。以前、かかりつけの医院の壁に《 総合診療反対 》のビラが張られていた、という方からです。

§総合診療とは

 総合診療とは、患者さんの健康上の問題について一応何でも答えられる診療のことを言います。最近は総合診療医とか総合診療科・総合診療内科という標榜 ( ひょうぼう ) もされています。

 一般的には、内科系の常見病・多発病の診断と治療ができ、小外科的な処置もでき、二次救急外来 ( 入院を必要としない救急・急患を扱うのを一次救急といい、入院を必要とする患者を主として扱うのを二次救急といい、特段の処置・手術等を必要とする救命救急診療を三次救急という ) で重症度を判断でき、三次救急施設への患者の搬送を指示できるだけの能力を有している医師を総合診療医という。言い換えれば、臓器別医療 ( 心臓外科・呼吸器外科・アレルギー科など特定分野のみを専門とする医療科の医療 ) とは違い、全人的医療・包括的医療を追求・実現するのが総合診療科の役割です。アメリカではGeneral physician と呼ばれています。

 今回、質問を寄せていただいた方のかかりつけ医での 《 総合医療反対のビラ 》 は恐らく、今回の後期高齢者医療制度の中味についても賛成できないという意味だったと考えられます。この制度の中味については、私ども医師にも理解しがたい仕組みが内臓されていました。
 75才以上の高齢者は、かかりつけ医( ⇒ これを “ 主治医 ” と呼ぶと厚労省は言い始めた)にかかり、他の医療機関に行く時には、その先生の許可をもらいなさい、という形の “ 登録医制 ” を目指していました。
 “ 登録医 ” 制度とは、AさんはX診療所に登録しなさい、AさんがY診療所やZ病院にかかる場合には後期高齢者診療科…1ヶ月定額5,400円の報酬を診療所に広域連合から支払い、自己負担は600円…はYやZの医療機関には支払われないという制度。これは、フリーアクセスの制限を意味します。また、他方では、必然的に医療機関同士の患者のとりあいを行わせることを前提とされています。しかも、驚くことには、厚労省は主病を1つにしなさいと主張しています。例えばAさんがX医師を登録医と決めれば主病(例えば高血圧)についてはX診療所には、後期高齢者診療料を認めます。しかし、Y診療所やZ病院にかかった時にはそれは支払いません。それは、主病は1つしかないからだと厚労省は言います。
 高齢者は、慢性疾患をいくつも持っています。例えば、糖尿病や高血圧、そして狭心症も高コレステロール血症もという具合で、主病を1つに限定せよということ自体が不可能です。例えば、胃がんが見つかったとすれば、一般的には、私たち医師の間では、最優先に治療されるものとして胃がんを主病とします。手術が終わったあとは、糖尿病が悪化して、それが前面に出れば、糖尿病が主病ということにはなり、胃がん術後状態が副病名になります。しかし、平時においては、糖尿病・高血圧・狭心症・高コレステロール血症をトータルに主病とせざるを得ません。医療のことが全く判っていない厚労省の役人が、医療界の定見・常識を無視して 《 主病は1つ 》 とか、《 主治医制度 》 とかを持ち出して来るので、現場の医師たちにとっては憤怒に耐えられないのが実情です。
 しかも、《 総合診療ができる 》 主治医制度を設けると言い始めたので、またまたおかしくなってきたのです。厚労省が言う 《 総合診療のできる 》 ということは、《 高齢者の診療が総合的に診れる 》 という意味で使っているようです。開業の先生にしてみれば、俺たちはいつでも高齢者を総合的に診ているんだ。俺たちは高齢者をよく診れないと言っているのと同じではないか、俺たちをバカにしているのか!と大変な騒動になっています。
 大きな病院で20〜30年外科手術ばかりやっていた医者が、田舎に行って、明日から高齢者の一般内科の診療をやってくれと言われたら、恐らく不可能です。耳鼻科・眼科の医者にそれを要求してもできるわけではありません。
 このような現場に混乱を引き起こしているのは厚労省自身です。しかし、上に述べたようなことは医師不足・医療崩壊の中で、厚労省としても医療政策をどうすればいいのかについて混迷して方針を提起できなことをも示しているとも言えます。それに、高級官僚のレベルも悪くなってきています。
 ともかく、後期高齢者医療制度は、ハイリスクグループをひと握りにしてそこでの赤字については、後期高齢者や障害者自身で賄え!という制度でもあり、このことは、世界に冠たる日本の皆保険制度とWHOから評価されていたものを一挙に崩してしまう悪法です。そもそも、国民皆保険制度とは、医療・福祉・年金について、ハイリスクグループとかローリスクグループとかにかかわらず、リスクを分散して、国民一人ひとりの生存権を守るという秀(ひい)でた理念から出発したものです。今回の後期高齢者医療制度は、この理念そのものを根本より壊すことを最大の目標にしていると私には思えます。

 だから、私は、この後期高齢者医療制度の廃止を求めているのです。


4月22日(火)  日本の医療が危ない (13)

§ 《 医療の世話になるな 》 と言う後期高齢者医療制度

 先日、愛知県をはじめとするいくつかの県では、65才以上の身体障害者は後期高齢者医療制度に “ 強制加入 ” させられるというメールをいただきました。驚きました。しかし、大分県についても調べてみますとヤッパリという感じです。
 大分県では、任意とのことでした。いくつかの県で、国民健康保険に加入している65才〜74才の障害者を後期高齢者医療制度に移すのは、自治体の負担を少なくすることを目的としています。65〜69才は本来3割の自己負担、70〜74才は2割の自己負担(2008年度いっぱいは1割)です。後期高齢者医療制度の自己負担額は1割ですので、自治体の肩代わりをより少なくすることができるからです。
 大分県では障害者本人の所得、あるいは、同居の扶養義務者のうち最も所得が多い方の所得により、障害者医療費助成金制度を適用するかどうかを決定し、その上で後期高齢者医療制度に加入させるかどうかを認定するそうです。そして、後期高齢者医療制度に加入するのがイヤな障害者は、障害認定の申請を撤回すれば、国保または被用者保険に加入することが可能だそうです。
 しかしながら、後期高齢者医療制度は、国5、自治体4、被保険者1割という形で、その財源を担保するということで、しかもハイリスクグループのみを取り出しているので、ゆくゆくはこの医療費総額は赤字になることは火を見るより明らかで、この場合には保険料が上げられることになります。定率1割で後期高齢者の負担する保険料額が次第に上昇するのは目に見えています。すなわち、できるだけ医療の世話にならないようにしなさいという制度とも言えます。
 他方、このハイリスクグループの面倒をみるのは各県の広域連合で、行政も国もどういう形で関与するのか全く不分明で、最終的責任はどこがとるのかも明確になっていないようです。まさに悪法中の悪法です。やはり、この制度は “ 姥捨て山 ”  制度です。


4月23日(水)  見る・観る・聴く・嗅ぐ  (21)

§ 精神的ショックと統合失調症


 ある医学ジャーナルから、最新の情報をお伝えします。
 マンチェスター大学 ( 英国 マンチェスター ) の Alls. Khasham らは、妊娠初期に近親者の死など、極めて厳しいストレスを経験した妊娠の子供は統合失調症 ( 旧病名:精神分裂病 ) を発症しやすいという知見を明らかにした ( Archires  of  Generol  Psychiatry 2008 ; 65 : 146〜152 ) 。
 それは膨大なデータを分析して得られた知見である。デンマークの 1973 〜 95 年の 138 万件の出生データと国民登録データを用いて調査している。近親者が妊婦の妊娠中に、がん ・ 心筋梗塞 ・ 脳卒中で死亡したか、その診断を受けたか否かの調査をした。その中で生まれた子供を 10才の誕生日から 2005 年 6 月 30 日まで、あるいは死亡 ・ 出国 ・ 統合失調症発症まで追跡している。
 その結果、21,987 例の子供の母親が妊娠中に近親者の死に、14,206 例が近親者の重病に遭遇し、7,331 例の子供が統合失調症を発症したと述べている。
 統合失調症と関連障害リスクは、妊娠初期に近親者の死に遭遇した妊娠の小児では他のグループに比べ67%高いという。そして、その他の妊娠期間と、妊娠6ヵ月以上前における近親者の死や重病は、子供の統合失調症とは相関していなかったという。
 家族の死と統合失調症発症との関連は、精神疾患の家族歴 ( 親 ・ 祖父母 ・ 兄弟 ) のない場合にのみ有意であったという。
 このグループは 、《 ストレスに応じて母親の脳が放出する化学物質が胎児の脳の発達に影響する可能性がある。これらの影響は、母子間の保護バリアーが充分に構築されていない妊娠初期に最も強くなるのであろう 》 と考察している。
 疾病と環境は密接に関連していることは、よく知られた経験値である。 《 疾病と貧困は正比例する 》 という古くからの一節をこの論文に触れてやっぱりと想った。真実らしい調査研究である。
 日本では、未 ( いま ) だにこのような研究はなされていないように思う。役所の裁量基準での研究費の配分は、頭脳を海外に流出させ続けるのではないかと私は、危惧 ( きぐ ) している。


4月24日(木)  介護現場が大変

§ 介護現場が大変 @


 介護現場が大変であることは、テレビなどを通して、すでに広く知れわたっている。しかし、具体的に何がそれ程大変なのかについての報道は少ない。
 人手が確保できないことが、最大の問題である。何故人手が確保できないのか。給与が低いためである。とりわけ物価の高い東京 ・ 大阪をはじめとする6大都市レベルの地域では、介護士〜介護福祉士の給与が他の職種に比べて相対的に大幅に低い。これは、介護施設の報酬は包括制であり、満額であれば年間粗収入はいくらと、年度初めに予測がつく。
 その中で、3年間介護報酬は据置きであり、医療・福祉領域以外の人間を対象とするのではなく物を製造する工場などとは違い、利益を年々あげるための工夫は極めて限られている。そのため大都市部では、このような給料では結婚できないということで転職して行ったという報道がなされている。しかしながら、田舎・地方でも同じような現象が起っている。田舎では、労働がきついし、若者が少なく、男女交際の場が少なく、しかも、産科 ・ 小児科医がいないので将来不安であると県央や県庁所在地に職を求めて介護士や介護福祉士は移動する。昨年、大分県をくまなく回り、いろいろと話を聞くと、募集にも来ない、2000年頃は、田舎でも結構応募があったのに、……と。それは介護福祉士養成校が定員規模を縮小していることからも現実を反映している。
 これでは、介護の社会化という大義名分の旗を立てて出発した介護保険制度も尻すぼみである。医療崩壊と同じように介護崩壊が目に見えてくる。
 人のいのちや暮らしを支えるための医療や介護 ・ 福祉の領域を大事にしない国はいずれ滅ぶと私、松本文六は考えます。
 何とかする必要がある。


4月25日(金)  介護現場が大変

§ 介護の人材不足深刻 A


 日本経済新聞の2008年1月30日の記事をかいつまんで以下に紹介したい。
 日本経済新聞社の調査によると、介護事業所の2割が配置すべき最低限の職員数を確保できない状況を経験しているという。

調査時期 : 2007年11〜12月
調査方法 : 訪問介護や有料老人ホームなど介護関連事業を手がける694法人に調査票を送り、300法人より回答を得た。回答率 43.2%

 それによると、以下のような結果であった。

  1. 人員の配置基準を満たせなかったことがある … 19.3%
  2. 現時点で未達の事業所がある … 2.1%
  3. 不足が目立つ職種
     ホームヘルパー … 76%
     ケアマネジャー … 36%
     看護師 … 71%
     准看護師 … 32%
     介護福祉士 … 66%
  4. 人材不足の状況
     明らかに人手不足 … 57%
     何とか確保は追いついている … 31%
     人手は余っている … 3%
     無回答 … 9%

 少なくとも、標準人員を一時的に満たせなかったという事業所が2割もあったとは大変な事態と言える。現在、私の属している法人が経営している介護老人保健施設での経験からすると、標準人員では質のいい介護などは到底考えられないので、この数字には驚きとともに介護の人手不足による “ 介護崩壊 ” を危惧 ( きぐ ) せざるを得ない。
 ちなみに、この調査では、人手の足りない事業所では、利用者へのサービス提供時間を減らした所が26.7%に達したという。また、他方で、《 手間のかかる重度の要介護者は避けている 》  《 新規の訪問介護を断っている地域がある 》 と、必要な人が必要なサービスを受けられなくなっている実態が浮かび上がっているという。
 また、2007年度の営業損益が前期比マイナスになりそうな事業所は35.3%。その理由として 《 介護保険の報酬マイナス改定 》 が68.9%と最も多く、《 人件費の負担増 》 が53.8%と続いているという。要するに、総収益の減少に経費増が追い打ちをかけているという事態が明らかになっている。
 やはり、労働集約産業といわれる医療 ・ 福祉 ・ 介護 ・ 教育 ・ 保育などにはもっともっと税を投入すべきである。道路や橋に税を投入するよりも、これらの領域に税を投入すれば、雇用が大幅に拡大し、国に入ってくる税収が増えるので、国はその方向を追求すべきだと私は考える。
 証券優遇税制や累進課税を再検討する中で、この領域への財源は充分賄えるはずである。国土交通省の “ 公益法人 ” を整理することにより、12兆6000億円も浮いてくるという話が、みのもんた さんのテレビ画面が数日前、眼に入って来た。ますます、税の投入先を徹底して見直すべきであろう。
 介護される状況は、富める者も貧しき者もどちらにも襲ってくることを、今の与党の政治家は全く理解していないのではないのか? 人間の痛みを感じない人間を政治の場より追放するしか、私たちの未来はないと最近特に感じる。


4月26日(土)  介護現場が大変

§ 民主党案 B

 民主党は、介護現場の人材不足に対し、介護士一人当り2万円の賃金引き上げ法案を国会に提出するという考えをこの1月に表明した。
 その詳しい資料をこの4月初めに入手した。民主党は、その骨子として以下3点あげている。

  1. 介護現場での人材不足は、介護職員の待遇の低さ ― 特に低賃金 ― であると認識している。
  2. 介護労働者の待遇改善のための緊急措置法を制定する。
  3. 2008年4月より、平均賃金の金額が一定以上と見込める 「 認定事業所 」 に対し、介護報酬を3%加算する介護報酬の緊急改定を行う。


    具体的には以下の形で法案化するという。

<介護労働者の人材確保に関する特別措置法案>

  • 賃金引き上げの目安 ( 一人当り )  月2万円
  • 認定事業所の介護報酬加算率    3%
  • 認定事業所となる割合          50%(推計)
  • 必要な財源規模              900億円



 このような法案について、お前はどう考える? とある人から問われた。即答えたのは 《 この法案を提案した代議士は、現場のことが全く判っていないですね 》 と。
 第1に、一人あたま2万円の上積みの基準があいまいである。
 第2に、“ 認定基準 ” となる賃金の目安を大都市と地方とでどう考えるのか、その格差さえ明らかにされていない。
 第3に、介護福祉施設の中には、特別養護老人ホーム時代の補助金で、施設開設者の個人の趣味で高額な骨董品を購入し、職員の頭数は法定人員は確保しているところが結構ある。しかるに、法定人員では手がまわらず、法定人員の1.2〜1.5倍の人員を配置しているところもある。この場合、給与は、1.2〜1.5倍の人員をそろえているところの方が低いかもしれない。このような現実を無視して “ 認定事業所 ”に 1人当り2万円の給与を上積みすることはバラマキ以外の何物でもない。もっと知恵を絞る必要がある。と私は答えた。あまりにも単純な素人的な方式を大きな政党が提案していることにあきれはててしまった。現場を知らないと、こんな法案が堂々とまかり通る。後期高齢者医療制度をドサクサの中で法案を強行採決し、国民が最も必要としている医療・福祉を無視している現在の与党と全く変りがない。
 ちなみに、私の属している法人の介護老人福祉施設(陽光苑)の人員を法定人員と比較してみた。
 調理員や事務員が法律では適当数となっているので比較しにくいが、その人員を陽光苑と同じと仮定すると、1.23倍となる。それは、法定人員のみでは現場を維持することができないからである。ちなみに介護施設の中核である医師・看護師・介護士・理学療法士・作業療法士の範囲に限ると、陽光苑は法定人員の1.27倍である。法定人員を満たすだけでは介護現場は崩壊する。それは、現場に直接関わっている者が一番よく知っている。人手が不足すると残った者への負担が多くなり、次々と辞めていくという悪循環に陥 ( おちい ) ってしまう。 《 きつい、汚い、危険な 》 職場であるから。
 このような視点で法律や法律案を考えてもらいたいものである。

表 : 100床当りの介護老人保健施設の法定人員基準と現実

                  法定人員      陽光苑
                   (100床当り)    (100床)

管理者                 1           1
医師                   1           1.25
薬剤師                 0.3          0.3
看護師                  9                 10
介護士                        25           33.8
支援相談員                1            2
介護支援専門員           1            1
理学療法士又は作業療法士   1.8              2
栄養士                  1             1
調理員             適当数(α)         5.5
事務員             適当数(α)         2.4 
   計               41.1+α        60.25


 この民主党案は、4月22日衆議院厚生労働委員会で審議が始まった。その中で自民党の厚生労働委員会は23日、『 介護従事者等の人材確保のための介護従事者等の処遇改善に関する法律案 』 を対案として提出することを決めたという。

 私、松本文六は、介護労働者の人材確保のためには、看護師 ・ 介護士など法定人員を越えて頑張っているところに加算をすべきだと考える。そうでないと介護の質はあがらない。介護現場には労働集約産業であるが故に多くの人員が必要である。介護士等が定着するには、介護報酬そのものを大幅に上げる必要がある。介護福祉士養成学校の定員を大幅に越すように、将来に希望を託せる職業として社会から認知される、そのような政策がとられるべきである。


4月27日(日)  日本の医療の流れを変える会

§ 日本の医療の流れを変える会にご入会いただいた皆様へ

 新緑の候、皆様には益々ご健勝のことと存じます。
 さて、さっそく、「 日本の医療の流れを変える会 」 にご入会いただき誠にありがとうございます。心よりお礼申しあげます。
 いま、私たちは松本文六を中心に、「 後期高齢者医療制度 」 廃止の活動を続けています。3月31日を皮切りに、これまで 4月 3・7・19・22・23・26・27日の計8回の街頭宣伝活動を行いました。横断歩道を渡らずにじっと聞いている人、遠くから手を振って激励してくれる人、家の中からわざわざ出てきて、松本文六代表に質問し、この制度を何とか廃止してほしいと訴える人、チラシに真剣に目をやり 「 おかしな制度ですね。廃止に向けて頑張ってください 」 と共感してくれる人……大変な反響に、「 廃止させるまで頑張ろう 」 と意を強くしているところです。
 今後とも力強いご支援ご協力をお願いします。

        日本の医療の流れを変える会 ( 代表 松本文六 )



「長寿保険制度」などと名称を変えてごまかさないで !!

 全国で1,300万人いる75歳以上の方々全員から保険料を取り上げる。しかも、その内832万人からは、4月15日に2ヶ月分の保険料を年金から 「 天引き 」 しました。
 政府は、この 「 後期高齢者医療制度 」 を 「 長寿保険制度 」 などと名称を変えていますが、長寿どころか 「 お年寄り、お国のために早く死んでくれ 」 といわんばかりの制度です。
 治療費の範囲が決められているので、「 お年寄りのたらい回し 」 が始まりそうです。

“ 保険証がちがうと言われても、そんなものが届いていないよ! ”

 保険証が届かない人、制度がよくわからなくて病院に行って戸惑っている人…等々、混乱をきたしていますが、2006年に 「 後期高齢者医療制度 」 法案を強行採決した政府与党 ( 厚生労働省 ) は、「各自治体に任せている 」 「 広域連合で扱う 」 などとして、これまでほとんど国民に説明していません。
 困っているのは、国民。とくに、75歳以上の方々とその家族、そして、市町村窓口の方々や広域連合の方々、医療現場で働く人たちです。

加入申込書ご意見欄から

  • 安心して老後を送りたいです。医療を安くお願いします。今の世の中、先が思いやられます。
  • 国は税金の無駄を無くし、本当に必要とする教育 ・ 福祉 ・ 医療 ・ 年金などに使うべきである。同じ政権が長く続けば今の日本のようにおかしくなる。
  • 今の政治全般に失望していて、言いたいことが多くてもしかたないなと思ったりします。小泉時代に感じていたことが現実となり、個人の力のなさを実感しています。
  • 後期高齢者医療制度は廃止すべきです。頑張ってください。
  • 初めてこの会の趣旨を読ませていただき、心から賛同します。微力ながら支援させていただきます。



4月28日(月)  生き場所づくり (1)

§ 新しい医療・福祉の視座の確立を @

 地域医療とは何か? という新しい医療・福祉の視座が、今求められています。その1つの回答が、斎藤芳雄先生の 『 死に場所づくり 』(教育史料出版会 1992年12月発行)であると思います。
 しかしながら、これだけでは不十分で、やはり医療のもっている生命の維持という側面を ( おろそ )かにする訳にはまいりません。この医療の側面を改めて見直し、新しい医療 ・ 福祉の視座として私は “ 生き場所づくり ” という概念を提唱したい。
 従来の日本の医療・福祉概念そのものは、疾病構造の変化と、平均寿命の長期化という現実のなかで、変容せざるを得なくなっています。しかし、この現実は、実際に診療に携わっている者には、なかなか見えにくい側面と構造があります。それは、従来の医学が、治療医学を主体とし、ごく少数の者を除き、その視点が予防医学や障害医学に向けられていなかったことに起因します。
 医学には、大きく分けて、予防医学・治療医学・障害医学の3つの分野があり、それぞれが、保健・医療・福祉の領域に相当します。また、医学には、ヒトをマクロの集団としてみる視点と、ミクロの個体としてみる視点の2つの視点があります。前者は予防医学の対象となり、後者は治療医学の対象となります。
 社会が未熟なときには、それぞれが独立してその活動がなされても、社会が成熟し、医学が進んできますとマクロとミクロの両方の視点で、保健 ・ 医療 ・ 福祉が語られざるを得なくなります。例えば、脳卒中を例にとってみますと、当初は脳卒中に陥 ( おちい ) った一人ひとりのヒトの病態を解析するというミクロの視点が主ですが、そのデータの蓄積のなかで、1つの疾病概念が確立され、そこから脳卒中の予防とリハビリテーションというマクロの視点が生まれてきます。リハビリテーションへ向けての教育とその後には、その患者がどう生き、どう生活できるのかという “ 生き場所 ” の論議が展開されます。医療者は、今やそこまでの論議に入り込むことを拒否することはできなくなってきました。

*初出 月刊 総合ケア Vol. 3 No. 11 1993.11


4月29日(火)  生き場所づくり (1)

§ 新しい医療・福祉の視座の確立を A

 このように変容してきている医療 ・ 福祉の実情に対する動的観かたが、従来の医師に欠落していました。このような観かたを全く教わっていないので、若き医師たちが、 「 地域医療とは勝利なき闘いである 」 と叫ぶ訳です。疾病を治すことのみに主眼を置き、治せないものはないという錯覚を起させるような講義を受けてきた彼らにすれば、このような反応は、ごく自然です。
 近代医学100年の歴史のなかで、治すことのできる治療医学の武器といえば、実は、わずか3つしかありません。抗生物質療法、輸液療法、外科手術です。
 日本人の死因順位は敗戦後の1950年代前半より、それ以前に比べると急速に変化してきました。死因の第1位にあった結核、第2位にあった肺炎 ・ 気管支炎および下痢 ・ 腸炎は急速に影を潜めてきました。この大変貌は、1940年のペニシリン、1948年のクロラムクエニコールなど抗生物質の開発、および下痢 ・ 腸炎に対する抗生物質療法 ・ 輸液療法の一般化によりもたらされたものです。
 最近の薬の開発は、疾病の予防あるいは慢性疾患の進行の緩除化に主眼が置かれています。これらの薬剤は、疾病を治す武器というよりは、人間の自然治癒力を補助する薬剤です。このような自然治癒力の補助剤と治す武器をどう活用できるのか、さらには、治すことができない疾病や予防できる疾病には一体どのようなものがあるのかを熟知することが肝要です。

*初出 月刊 総合ケア Vol. 3 No. 11 1993.11


4月30日(水)  生き場所づくり (1)

§ 新しい医療・福祉の視座の確立を B

 しかし現代医学の到達した地平のなかで、近代医学の成果と限界という極めて重要な2つの事項が、現代の医学教育では全く教えられていません。 「病をみて人をみず」、「木を見て森を見ず」という諺(ことわざ)が残念ながら現在の医学教育の世界には罷(まか)り通っているとしか思えません。
 “生き場所づくり”とは、まさに、現代医学の到達した地平のなかで、その成果と限界を十二分に認識し、一人の患者さんを生活のなかでしっかりと支えるということだと思います。そして、その出発点は、疾病が疾病として表に顔を出さない段階で患者さんの悩みを聞き、応えなければならないプライマリケア(注)の場です。プライマリケアの現場では、大学で学んだことはほとんど役に立ちません。それは、近代西洋医学が、できあがった疾病概念から出発する方法を最優先にしているからです。したがって、疾病概念に相当するものを見つけることができなければ、その医師を手当てを放棄せざるを得ません。現実の社会のなかには、疾病概念として確立していない前疾病状態というものは際限なくあります。またプライマリケアの現場では、慢性疾患の急性期を乗り越えた患者さんの、後の状態を生活のなかでしっかり支えるということが肝要です。
 この“生き場所づくり”と“死に場所づくり”という概念には、「そこで人間が生活している」ということが含まれています。このような視座が確立されれば、若き医学徒と日本の医療界は改めて、21世紀の保健・医療・福祉を構築することが可能となるでしょう。
 医学・医療・福祉概念の大変容のなかで、医療者はこれからどうあるべきなのかを真剣に考え行動することを社会から要請されているのではないでしょうか。

注 プライマリケア:患者が最初に接する医療の段階

*初出 月刊 総合ケア Vol. 3 No. 11 1993.11


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