文六つうしん 2008年3月号 3/21〜3/31

3月21日(金)  見る・観る・l聴く・嗅ぐ (15)

§ 「後期高齢者医療制度」にメリットなし

 3月21日午後、大分市大南地区の地域包括支援センター主催の勉強会があり、ケアマネージャーや民生委員の方々が約50名程集まっていた。
 本日の講師は、不肖 松本文六で、演題は、『 高齢者をとりまく医療制度について 』 であった。私は主として、後期高齢者医療制度についての話をした。すでに、このホームページで後期高齢者医療制度は、《 お年寄りお国のために死んでくれ 》という悪法で廃止を求める活動を宣言している。その視点でお話をさせてもらった。約1時間話したあと質疑応答があった。その一つは、《 この制度でお年寄りにとってこれだけはいいという点はないのか? 》 という質問でした。
 意表をつかれた質問で、少しうろたえました。頭を急激に回転させていろいろ考えたが、やはり、《 メリットはありません 》 とお答えした。全くといっていい程メリットはないのである。
 もう一つの質問に、《 保険料を天引きされて、手元に残るお金が少なく、生活に困窮してくる人が出てくると思われますが、何か救済策があるのですか? 》 というのがあった。
 《 ? 》 これも答えることのできない質問だった。 市の介護保険課の方が来られていたのでその方にお聞きしたら、《 大分市の場合は国保年金課に聞いて下さい 》 という返事だった。
 次々に新たな問題が発生することは相違ないであろう。


3月22日(土)  日本の医療が危ない (7)  医療事故  

§ 診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会 @

 
すでにこの件に関しては、これまで何回かにわたって述べた(2月21日、22日)。
 厚生労働省はこの件についての第2次試案を出したが、医療界のあちこちから批判が続出したため、第3次試案を現在検討中である。
 3月20日、午前10時半より大分県医師会館で、これに関する講演会が開かれた。講師は日本医師会常任理事の木下勝之氏。木下氏は日本産婦人科医会の副会長で、最高裁判所医事関係訴訟委員会委員でもある。そして、この厚労省の死因究明等の在り方に関する検討委員会の委員でもある。この委員会は、福島県立大野病院の産婦人科医の逮捕拘留を契機に発足した。
 これまでのこの委員会での共通認識は以下のようになっている。

  1. 業務上過失致死傷罪により、医師個人を罰することは、真の診療関連死の原因究明にはならず、治療の過程で発生する医療事故の特殊性を考慮すれば、医療事故への刑事訴追はごく少数の例外を除き、馴染まない。
  2. このことを無視した業務上過失致死傷罪の適応は、かえって医師の安全と医療供給体制の確保(医師不足・病院閉鎖など医療崩壊のことをさす)を害し、患者や広く国民の利益にならない。
  3. 医療機関や医師が事故を報告するのは、警察ではなく、医療の担当官庁である厚労省とすべきであり、その傘下に事故の真相究明と再発防止を図るための中立的第3者機関を作るべきである。
  4. 医療に関連した死亡例のみを特別視はできない。したがって、医療事故すべてを免責することはできない。
  5. 限定的であっても、刑事罰の対象は存在する。

 このような共通認識に基づき、『 医療安全調査委員会 』 の設置が現在検討されつつある。
 しかし、今なお、その検討内容には問題が内包されている。



3月23日(日)  日本の医療が危ない (7)  医療事故

§ 診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会 A

 
現在の案では、医療機関より医療安全調査委員会に届けられた診療関連死の事例については、医療者を中心とした調査の下での調査報告書が作成される。そして問題ある例については3通りの処理がなされる形になっている。

  1. 問題あり事例の解析で得た情報を医療事故の再発防止のため全国の医療機関で共有できる形で情報発信・提供する。
  2. 行政処分として、その医療機関に対して主にシステムエラーの改善を勧告し実行させたり、医師の再教育を施す。
  3. 故意によるもの、重大な過失、悪質な事例(例えば、事故を繰り返すリピーターや、診療録=カルテの改ざんがあった場合)に対しては警察へ通知する。

 ここで問題なのはである。医療事故発生時の届出の判断は、医療機関に委ねられているので、問題ありとすれば、その医療機関は届出をしないと判断するであろうことは容易に推測される。医療の安全性と質をあげるための制度が、医療事故をむしろ隠すことを推進する役割を果たすと言っても過言ではなかろう。
 木下氏の講演では、警察・捜査機関に通知するのは悪質事例のみとしている。しかし、悪者は自ら悪事をしていることは常に認識しているということは古今東西普遍的な真理である。
 だから、悪者は逃亡するのである。この真理がある限り、届出られた医療事故例はすべて、悪質ではないし、故意によるものではないのではなかろうか? 重大な過失と認識していれば、当初よりその医療機関は届出はしないと判断するであろう。
 これに類することは、身近にゴロゴロしている。例えばイージス艦の事故で、事務次官らが二転三転前言をひるがえしたりしている例からも容易に想像できる。
 私は、フロアから質問した。泥棒がわざわざ人の物を盗んだと堂々と名乗り出ることはありません。医療の安全性と質の向上を図る目的であれば、は止めるべきではないでしょうか? と。しかし、意味が通じなかったのか、明確な回答は得られなかった。
 私がを止めるべきだと考えたのは、悪質な医療、重大な過失に連なる医療事故は、患者サイトがしっかりと認識し得るので、患者さんからの医療安全調査委員会に調査を申し出るシステムを設けた方がベターだと考えたからである。
 このことは第3次試案の中で変更されるのか、しっかりみておく必要がある。



3月24日(月)  見る・観る・聴く・嗅ぐ

§ 冤罪事件と驕った政治

 
2004年、実兄を殺害して家に放火し全焼させたとして、殺人と放火罪に問われた、片岸みつこ氏が福岡地裁小倉支部で無罪の判決が下された。これに対し、福岡地裁は19日、控訴をしないと公表。
 これは、全くの冤罪(えんざい)事件で、警察がある女性を拘留させている片岸氏の部屋に意図的に入れ、自白を引き出すという巧妙な手口で犯人に仕立てあげたという。
 しかも、検察は懲役18年を求刑したというから驚きである。
 昨年は鹿児島県警の選挙にまつわる捜査で“ 踏み字 ”を行い、これまた冤罪だった。その冤罪を仕上げた張本人が、県警より表彰されていたというから開いた口がふさがらない。
 今の政治は、自民・公明の衆議院での最大多数を傘に驕(おご)りきった政策を次々に出して、国会を空転させながら、それは野党のせいだと毎日のように責任転嫁を行っている。何ともみっともない姿で、これでは国際的に批判され、株が値下がりするのも当たり前である。
 自民・公明の驕(おご)りがある意味で、検察・警察にも飛び火しているようにしか考えられない事件ばかりである。
 片岸さんを追い込んだ警察と検察は、マスメディアを通してでも本人と社会にきちんと謝罪すべきであるし、何らかの形で処分されるべきではないかと私、松本文六は考える。
 自民・公明は、今のままでは政権の座を降ろされるのには間違いないが、その空気を読めないというのはまさにそれぞれの末期状態を暗示しているのではなかろうか。


3月25日(火)  日本の医療の流れを変える会

§ このホームページは何のため?

 
さる人に、誰を対象にしたホームページですか? と問われた。
 丁度、走り出りながら、松本文六はいろいろ言いたいことを記しているが、これでいいのだろうか? と考え始めていたので、さる人の問いに 《 そうだな 》 と素直に受け入れることができた。
 このホームページにあれこれ載せるに当たって、松本文六は自分の想いを社会に表明するべきだ。そうしないと 《 日本の医療の流れを変える会 》 といったってどういう団体でどういう考えなのかが判らないではないかという議論となった。とにかく、発信をしようということになり、松本文六は走りはじめた。しかし、周りの者はどうせ三日坊主で終わる。もし、書けなければ代筆しても良い。但し、1回 3,000円だ、いや俺が書く時は 1万円だと騒々しい。
 こんなことで、3,000円や1万円払っていたら、どうしようもないと、とにかく書き始めた。途中、大して息切れもせず罰金を払わずにすんできたが、冒頭のさる人からの伝言である。アクセスして下さっている方だ。
 しかし、よくよく考えてみますと、 《 日本の医療の流れを変える会 》 を作っておきならが、その趣意書さえ、このホームページに載せていなかった。ここに改めて、その趣意書を載せます。また、原点を忘れないために、この趣意書をいつでも参照できるようにしておきたいと思います。

 *日本の医療の流れを変える会 「趣意書」



3月26日(水)  見る・観る・聴く・嗅ぐ (17)

§ 父とノモンハンと地域医療

 
日本は、1931年に柳条湖“事件”を起し、中国東北地方(満州)に侵略を開始、1937年には盧溝橋“事件”を契機に中国本土への戦争をおっぱじめてしまいました。さらに、1939年ノモンハン“事件”を起し、1941年には真珠湾攻撃を端緒として太平洋戦争を協力に推し進めてしまいました。
 私の父は、ノモンハン戦争に志願軍医として従軍しました。この戦争は、20人に1人の生き残りという凄惨(せいさん)な戦争でした。私は、小学校高学年〜中学校の折に、父が、患者さんに《あんた、まだ生きちょったん》と話しかける場面に幾度が出くわしました。《何とひどい挨拶をする父親だなぁ》と、心の中で批判していました。しかし、よくよく考えますと、これはノモンハン戦争に従軍時の共通した朝の挨拶だったのでしょう。前日、朝食の席を同じくした者が翌日には姿を見せないという日常的な原体験が、一部の患者さんが他の戦地に従軍していたことを知っていたので、父はこのような言葉を挨拶代わりにしていまっていたのでしょう。
 天心堂へつぎ病院の竣工落成式(1980年)に際し、父は《これ(へつぎ病院)は戦友の慰霊塔である》と言って声をつまらせた場面を鮮明に記憶しています。
 ノモンハンでは死が日常的なことであり、生きて帰ることが恥とされていた時代でした。《自分の地域医療の実践をすること自体がノモンハン戦争で戦死した戦友たちへの鎮魂行為である》と語ったことがありました。
 戦争は、日常的に人殺しの場を作ることです。《ノモンハン戦争の失敗を総括しておれば、太平洋戦争などは起さなかったはずだ。日本の物量はソヴェトの20分の1位しかなかったのだから。ノモンハン戦争の教訓をしっかり踏まえておれば、あの時代の戦争拡大はありえなかった…》と父はある時つぶやいていました。
 《あんた、まだ生きちょったん》という挨拶が完全に死文化してしまう日本であって欲しいものです。私は、日本国憲法の基本的精神を体現している第9条を改変することを決して認めるわけにはゆきません。このような今の時代にこそ、私はしっかり戦争に反対してゆくつもりです。



3月27日(木)  日本の医療が危ない  (8) 診療報酬

§ 医療の崩壊を促進するような4月の診療報酬改定

 
日本は医院や病院を受診した折に、医療費としては若い人は、現在3割分を支払うことになっています。その中で、内科や小児科にかかったら外来管理加算という点数があります。この外来管理加算がこの4月より、5分以上患者さんと話したり診療をしないと外来管理加算はあげませんよ、という改定がなされています。
 これをその通りに守ろうとすれば、1時間にせいぜい10人しか診てはなりませんと厚生労働省は言っていることになります。
 冬の季節になると、小児科は嘔吐下痢症がはやります。1人の小児科医が1日に100人診なければならにこともしばしばです。しかし、5分規定を守ろうとすれば、10時間ぶっ続けで患者を診なければなりません。そうでなければ外来管理加算は認めませんということになれば、1人開業の医師や1人小児科の病院は完全にお手上げです。
 中には15〜20分かけて問診をし、診療をする。そして検査のために15〜20分を要することがあります。30〜40分かけて患者さんを診れば外来加算を6〜8倍の加算をくれるのでしょうか? そういう規定はどこにも記されていません。
 何故このような診療現場の実態とかけ離れた規定をつくるのでしょうか? これでは、昼食抜きで8時間で100人診たとすれば、監査の折に20人分の外来管理加算を返還せよということが起こり得ます。かつて規定に沿って厳密に監査をして多額の返還をさせられた医療機関がありました。それも高血圧の患者さんに食塩を制限せよと指導したということの一行がないから、指導したことにはならないという類いのことでした。
 まるで、診療を制限し、多くの患者を診るなという“ 5分規定 ” である。医師は労働意欲を失い、医師という職業を放り出さないとも限らない悪法を堂々と厚生労働省のお役人は医療現場に与えようとしている。
 まるで、現在の綱吉の “ お犬様 ” 政治の一端をみる気がする。そのこころは、あほらしくて、犬のいないところ、厚労省の関連出先機関のないところに逃げ出したくなる心境 !!



3月28日(金)  日本の医療が危ない  (9) 後期高齢者医療制度

§ 後期高齢者医療制度はやはり問題! @

 
75才以上の糖尿病や高血圧症、あるいは脂質異常症(高脂血症)などの慢性病を持っている高齢者は4月1日よりこの制度に組み込まれることになっている。
 この制度の一番の問題は、後期高齢者診療料として、1カ月に1日受診時に600円を高齢者は払わなければならない。しかし、医院・クリニック・診療所では、そこの先生の得意とする内視鏡検査や心臓や腹部の超音波検査をする場合には、赤字を覚悟でしなければなりません。それでは経営的にその医院・クリニック・診療所は困るので、○○病院に行って下さい、と言わざるを得ません。このように、診療所でできる検査をさせないような仕組みを作っているのです。確かに、このようにすれば国の負担は少なくなるのですが、医療を受ける側にとっては、75才以上の方はできるだけ詳しい検査をするのは止めなさいということとなります。
 まさに、75才以上の高齢者は粗診粗療に甘んじなさいということに等しい制度である。まさに 《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 という制度以外の何物でもありません。
 だから、松本文六は ― 日本の医療の流れを変える会 代表 ― はこの制度の廃止を求めているのです。


3月29日(土)  日本の医療が危ない  (9) 後期高齢者医療制度

§ 後期高齢者医療制度は年齢による差別医療である A

 
75才の誕生日を境に、75才未満で受けられる医療が大きく変ります。これはまさに差別医療です。
 この制度の中で、後期高齢者診療料という新しい点数が設けられ、医療管理・検査・画像診断・処置はマルメと称され一括して600点(6000円)が医療機関に払われます。この600点の中で医療管理・指導・検査や処置を行いなさいという制度です(これを医療機関ではマルメと呼んでいます。包括払いという言葉も使われます)。ただし、病状の急性憎悪時にのみ一つの検査が550点以上の場合には、後期高齢者診療料600点に上乗せして請求することが可能です。胃カメラ1140点、大腸カメラ1550点、胸部超音波検査530点、心臓超音波検査880点、頚動脈超音波検査350点です。例えば、医師が心臓に雑音があるということで心臓の超音波検査で心臓のどの弁が悪く、その程度を確かめようとしても、880点−600点=230点=2300円の赤字が出るという時、医師はどういう行動をとるのでしょうか?
 厚生労働省は、そんな場合には病院に紹介しなさいと言うでしょう。しかし、心臓の超音波検査ができる病院には、30キロ離れた病院にしか行けないとすると、患者さんに新たな時間と費用をかけさせることになります。もし、この医師が心臓の超音波がよくできるとすれば、赤字を出せということなのか!と心より怒ることでしょう。
 また、お腹の調子がよくないと言って来た時、胃カメラをすると、1140点−600点=540点=5400円の赤字になるので、腹部の超音波検査をしたいと考えて、それを行った場合、600点−530点=70点=700円分黒字ですが、それでは人件費を賄えないということになれば、その医師はあまり気がすすまず、内服薬だけで様子をみましょうということにならないとも限りません。
 このようにこの制度は診療制限の制度です。75才の誕生日前であれば、医師も患者も納得できる検査と治療を受けることができますが、上記のように、75才以上の後期高齢者医療制度では医師も患者も必ず納得できる医療を受けることができないとも言えます。
 そういう意味で、後期高齢者医療制度は、年齢による差別医療と言わずして何と呼ぶべきでしょうか?
 やはり、この制度は、国が 《 お年寄りお国のために死んでくれ! 》 という制度をわざわざ作ったとも言えます。


3月30日(日)  日本の医療が危ない  (10) 混合診療解禁

§ 混合診療解禁と治験

 
朝日新聞が混合診療に関する調査結果を2月9日の be 新聞で明らかにしている。
 それによると混合診療解禁賛成63%、反対10%、どちらとも言えない18%、わからない9%となっている。モニターの2302人の回答割合である。
 しかし、混合診療がどういうものかについてのキチンとした説明した上での調査か、少々疑問がある。
 保険診療(A)を保険外診療(B)と併せて行った場合すべて全額自己負担になる。このBの部分は、例えば外国ですでに使われているが日本で使われていないくすりを使うような場合を指す。自らのがんの治療を受けるに当たって患者さん自身がインターネットなどで調べて、医者に申し入れた場合では(A)も(B)もすべて自費となる。
 しかし、日本のどこの医療機関でも使えるくすりは保険収載品と呼んでいるが、これとは別枠に、厚生労働省が 《 治験 》 という形で特定の医療機関で使うことを許可している場合に限って(B)は厚労省の決めた額を(A)の部分は保険で賄い、(B)の部分は自費で払うことができる。これを 《 評価医療 》 と呼び、一定の期間を経て保険収載品として認可する。それは、たとえ、外国で認可され、使用されているくすりであっても、くすりの吸収と排泄という過程で出てくる副作用が人種によって大幅に異なることがあるからである。因みに、動物実験で重大な副作用が出てなくとも、人間に適用するととんでもない副作用が出ることもあることを考えればうなずけることである。
 これまで、外国で許可されている新薬の日本の使用許可が下りるまでの期間が、アメリカとイギリスでは1年半位なのに、日本では4年もかかっていた。小泉政権時代、これを種にして混合診療解禁が声高に叫ばれていた。この時の経済財政諮問会議の混合診療解禁の意図は、(B)の部分に制限をつけずに極端に言えば何でもいい、ともかく、(B)の部分のみ自費で支払うようにすればいいという点であった。そして、この(B)の部分を民間の医療保険(アフラックなど)で賄い、(A)の部分を縮小し、(B)の部分を大幅に拡大することを目論んでいた。
 今日、厚労省は、この4月より海外新薬の審査期間を大幅に短縮し、英米なみにするため、審査体制を大幅に強化するという方針を打ち出した。審査員を2007年度に比し3割増やすという。
 これ自身は歓迎すべきことである。
 混合診療の解禁はやはりすべきでない。《 治験 》 という形で特別な体制で解禁を防ぐ心算は国民に薬害・健康被害をもたらさないということである。


3月31日(月)  日本の医療が危ない  (11) 後期高齢者医療制度

§ 本日、街頭宣伝行動をしました

 
3月31日、明日より後期高齢者医療制度が実施される直前の本日、大分市トキハ前で、後期高齢者医療制度の廃止を求める、いわゆる“ 街宣 ” を行いました。
 15時〜16時のわずか1時間でしたが、それなりの反応があったような気がします。大体 “ 街宣 ” なんかは選挙の時はいざ知らず、一般的にはそれ以外の時期は、右翼の街宣ぐらいしか行われていない。まして連合や労働組合さえ平日の昼過ぎにはしない。東京に出張した折、時々新宿で見たような気がするのは、テレビのそれを錯覚しているのかもしれない。
 本日は、国清平さん(全逓大分県支部長を20数年され、連合大分の会長も務め、現在、日本の医療の流れを変える会の会長代行)が先導して下さり、そのあと私、松本文六が話させてもらいました。このパターンを3回程繰り返しましたが、心なしか、昨年の選挙の時よりも反応がいいような感じがしました。それは、私に選挙の経験を通して慣れがあり、余裕があったのか?とも思えました。しかし、お手伝いいただいた “ 流れを変える会 ” の会員の方々も手応えを感じられたようで、《 今日は良かった 》 と嬉しがっていました。
 私の話の骨子は、すでにこのページで何度も書いていることを声に出して訴えたにすぎません。ちなみに、箇条書きにしますと、以下のようなことです。

  1. 値切られてきている年金から更に新たな税が引かれるに等しい。
  2. 75才に満たない人と75才以上の人の受けられる医療に格差を持ち込むものである !!(年齢による差別医療)。
  3. また、マルメ=定額制=包括制なので、して欲しい検査(胃カメラや大腸カメラ、心臓や腹部の超音波など)の場合、他の病院を別の日に受けさせられることが起こりうる。その場合、公共交通機関の乏しいところの住民はタクシーを使わざるを得ないという利便性が制限される(アクセスの制限)。
  4. 資格証明書が、多分75才以上のお年寄りの10%に相当する130万人の低所得者に対して交付されることになります。その場合、その高齢者は医療機関にかかる折には100%現金でしかかかれません。後でいくばくかのお金が役所より返還されるといいますが、これ程冷酷な制度はありません。お金のない高齢者は医療を受けることを我慢せよ、と言っていることに等しい制度です。
  5. 結果としての診療制限を来たす(診療制限)。

 診療所では、この包括制をとった方が経営的にプラスとなれば、後期高齢者診療料を選ぶことになります。しかし、新しい制度は入りやすいように経済誘導があります。2年後の改定には、これまでの厚労省からしますと、必ず新しいムチを用意することでしょう。
 それは、今は75才以上ですが、それが65才以上と次第にすべての年齢層にこのような診療制限が適用され、フリーアクセスが全面的に制限され、そのあげくには、民間医療保険が大幅に導入されてくることを私、松本文六は恐れています。
 社会保障の概念から完全にはずれ、国民皆保険制度が全面的に解体されることを何としても阻止すべきだと考え、松本文六は行動します。
 いのちも金次第というアメリカのような国にはさせたくないと思います。どうか、読者の方々は、長期的にみて、この後期高齢者医療制度が大幅な悪法であることを理解され、私ども日本の医療の流れを変える会とともに運動しましょう。後期高齢者医療制度の廃止を求めるために。いのちが一番の旗印を掲げて。


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