文六つうしん 2008年3月号 3/1〜8   

3月1日(土)  見る・観る・聴く・嗅ぐ (8)

§権丈善一氏の講演から

 2月22日、18時30分より、大分県民医療推進協議会が大分県医師会館で開催された。
 メインは、シンポジウム 『 医療の崩壊を考える 』 であった。その前に、慶応大学商学部教授 権丈善一氏の特別講演があった。以前、地域医療研究会で二度程、その講演を聞かせてもらっていたので、大体話の内容は見当ついていたが出かけて行った。特別講演の内容は、その表題がすべてを語っていた。曰く 『 日本の社会保障と医療 ― 小さすぎる政府の医療政策 』 であった。
 彼の主張を整理すると、以下のようなものとなる。

社会保障は使途を限定した租税・社会保険料の負担増を!

  1. 特別会計の大半は社会保険関係や地方交付税及び国債整理基金などで構成されており、簡単には削れない。公共投資を削って、医療や福祉に回すのは限界だ。
  2. 社会保障の財源を確保するには、所得税の累進制強化だけでは賄えない。検討すべきは、消費税と社会保険料率のアップである。
  3. 3 で確保した財源は、基礎年金の国庫負担分の2分の1への引きあげ ( 2.5 兆 円)に使う他は、担い手の病弊の著しい医療や介護、保育、教育などの現物給付に重点的に充てるべきだ。
  4. 社会保障財源のパイを大きくし、若者や子育て世帯に重点的に給付すれば、彼らは社会保障の重要性を認識し、世代を超えて、これらの施策は世代を超えて受け継がれてゆく。
  5. 英国もカナダも小さな政府を見直し、医療をはじめ社会保障拡大に政策を転換した。日本もここ1〜2年で思い切るべきだ。
  6. 今大事なことは医療を崩壊させないことである。にもかかわらず後期高齢者医療制度をつくり、国庫負担を少なくして75才以上の高齢者だけを新たな保障制度に移すようなことをした。後期高齢者への医療水準を維持するには、公的負担を上げてでも質を守るという価値観を国民が共有する必要がある。
  7. 社会的共通資本である医療・介護・保育・教育に要する資源を優先的に確保する方向に政策転換すべきである。
  8. 社会保障を増やすことは、地方交付税と同様に高齢者の多い地方に所得と人を再分配し、地方経済を活性化させる。
  9. 年金分野で急務なのは、パート、アルバイト労働者への厚生年金適用の拡大。

 以上の話の中で、3 のところは、小生、松本文六には判りにくい。もう少し勉強する必要がありそうだ。
 他の点はすべて同意である。これを観ているあなたはどう考えます?



3月2日(日)  見る・観る・聴く・嗅ぐ (8)

§権丈善一氏の主張

 権丈善一氏は、昨年7月の参議院議員選で共同通信のインタビューに答えている。( 2007年7月24日 )
 以下の記事は大分合同新聞に配信されたのかどうか、小生、松本文六は知らないが、隅々小生が主張し続けたことと同質のレベルの記事なので、ここに再録させてもらう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

医療崩壊を食い止めよ ―― 年金問題より医師確保を


―― 今回の参院選で社会保障分野の課題は。

 「医療提供体制の立て直しが最も重要だ。医療現場は崩壊しつつあり、この流れを食い止めるのに残された時間はまったくない。特に地域医療は瀬戸際にあり、緊急に手を打つべきだ。いま大騒ぎしている年金記録の問題は議論が出尽くした。だが、医療問題は政治レベルの判断が手付かずのままだ」

―― 政治上の判断とは。

 「医師も看護師も疲れ切っている。医療従事者が自分の仕事を続けることに希望を抱ける政策に転換するべきだ。公的医療費の抑制をやめ、かつ医師を増やして数を確保する必要がある」
 「有権者全員に問題の深刻さを理解してもらえるかどうかはともかく、せめて全国約2百万人の医療従事者に絞って呼び掛けたい。毎日の生活の中で医療政策の矛盾を肌で感じながら過ごされている皆さんは、各党のマニフェストを冷静に読み比べた上で、医療崩壊の阻止に取り組む政党を選んでほしい、と」

―― 具体的な選び方は。


 「1997年と昨年 ( 2006年 ) になされた二つの閣議決定を撤回する姿勢を示せるかどうかだ。97年の決定は医師数は充足しているとして医学部定員を減らす方針を打ち出した。昨年は社会保障費を5年間で1兆6千億円削減するとの内容。これらが生きている限り、医師は増えず、医療費が今後も削られるのは自明だろう」
 「何も与党批判をしたいのではない。与党が誤りに気付き、自ら方針を変えるなら評価できよう。日本では医師一人が診ている患者の数は米国の5倍、欧州諸国の3、4倍に及ぶ。医師数を増やさないとどうしようもない。医療費についても、欧州諸国の平均水準まで増やす方向に行かないとダメだ」


―― 財源は。負担増は経済成長を阻害しないか。

 「欧州並みに社会保険料を引き上げる選択肢があってよい。政党は 『 社会保険料をアップして医療に充てる 』 と約束すべきだ。個々の企業側は嫌だろうが、経済活動全体から見れば、医療や介護分野のサービス需要や雇用をつくり出す貢献は大きい。結果的に高齢者が多い地方に所得が再分配され、地方交付税のような役割も果たし得る。ただ、消費税は他に充当すべき政策もあり、医療費を増やすにはまず社会保険料を考える方が実現可能性が高い」

―― 年金については。

 「論議は記録問題から制度論に入ってきた。民主党の年金改革案は年収600万円以上の所得者に給付制限があるなど、現在の支持者もいずれは失望するだろう。メディアがあおる不毛な年金論争に振り回されて投票先を決めては、国民はせっかくの国政選挙を一回無駄にし、取り返しのつかない医療崩壊を受け入れることになるだけだ」


< けんじょう・よしかず  1962年福岡県生まれ。専門は経済政策・社会保障論。新著に 「 医療政策は選挙で変える 」 >



3月3日(月)  日本の医療が危ない (4)

§『 資格証明書 』 とは?

 国保料を滞納すると、資格証明書が交付され、医療機関を受診した場合、一旦まるまる10割現金を支払わなければなりません。
この制度が始まったのは1981年からだったが、各自治体に義務化をされたのは、2000年の介護保険開始時だったといいます。幸か不幸か、小生、松本文六は、これまでこれを持参した患者さんにまみえることはありませんでした。この2月25日に、資格証明書持参の患者さんの診療をはじめて行いました。
 32才の方です。 《 おなかがパンパンに張って苦しい 》 ということで受診されました。2月11日に仕事を辞めたそうですが、そこの職場で保険はかけてもらえていなかったといいます。
 血圧を測って、ビックリしました。何といわゆる上の血圧が 240 mmHg 、下が 140 mmHg でした。三十有余年、医師をやっていてこれ程高い血圧は経験したことがなく、慌ててこの患者さんをベッドに寝かせ、応急的に血圧を下げる手段をとりました。よくも脳卒中を起こさなかったものだと感心すらやら、いろいろするやら、“ トンデモ患者 ” に出会ったものである。
 幸い応急処置の甲斐あって、1時間半後には 170 / 122 mmHg まで血圧は下がっていました。資格証明書払いということで、最低限の検査を行いました。案の定、肝機能障害がありました。何せ、身長 162cm で、体重が 130 kg! 因みにこの日の支払い医療費は10割負担で 11,770 円 でした。
 29日再診の折には、血圧は 176 / 86 mmHg だったので一安心。血圧は一挙に下げすぎてはいけないので、2週間後の再診を約束して、診療終了としました。
 このように、“ 資格証明書 ” は、医療機関へのアクセスを制限し、重症化して、はじめて医療機関を受診するようになります。このようなことでは医療費は嵩 ( かさ ) むばかりです。今や、健康保険制度といっても3割負担を強行することによって、日本の国民医療費は2割負担の時よりもアップしているのではないでしょうか?
 後期高齢者医療保険制度では1割に及ぶ人たちが資格証明書交付の対象者になりそうです。後期高齢者はそれ未満の人たちに比べ、免疫力が落ちていますので、より重症化しやすいのです。とすると、かえってまた国民総医療費は大幅にアップしてしまいます。国は予防することによって、医療費を下げるといっていますが、このような方策では駄目と、小生、松本文六は考えますが、皆様はどうお考えでしょうか。


3月4日(火)  日本の医療が危ない (5)

§後期高齢者医療制度は即刻廃止すべし

 この後期高齢者医療制度については、すでに述べたところですが、 《 即刻廃止すべし 》 と、小生の意見は鮮明にしておりませんでした。しかし、いろいろ考えてみますと、この後期高齢者医療制度は、社会保障そのものを切り捨てる思想を内包しています。これを契機に、貧しき者に対して医療の門戸を閉じることを目論んでいると、小生、松本文六にはみえるからです。
 その理由は、以下の通りです。

  1. 相次ぐ年金の切り下げ、定率減税の廃止、扶養控除の廃止、介護料の天引きが続き、手許に残る年金が大幅に低下しています。
  2. その上に後期高齢者医療制度の保険料を天引きすることになりますと、ますます年金が少なくなります。
  3. また、扶養家族に入っていた人が、新たに保険料が引かれ、さらには75才以上の夫婦二人暮らしの場合、個人単位で2人分の保険料が引かれます。それは世帯への増税ともなります。
  4. 現在75才以上の高齢者世帯で、国保料・介護保険料を滞納している人が約1割いるといいます。この人たちは当然ながら、後期高齢者医療保険料も必然的に払えなくなることは目に見えてます。その場合には “ 資格証明書 ” が発行され、医療機関にかかる時は、一旦10割全額を現金で払わなければなりません。
  5. しかも、自治体によって後期高齢者医療保険料が違いますが、財政豊かな東京都練馬区では、旧ただし書き所得別の保険料を従来の国保料と比較しますと、235万円以下の方々では保険料が割り増しとなり ( 120.9% )、285万円以上の方々の保険料はむしろマイナス ( 23.7% ) となっています。貧乏人により多くの負担をさせ、貧乏人は医療にかかるなと言わんばかりのこの制度そのものが社会保障の理念に反します。





  小生、松本文六は、これは 《 お年寄りお国のために死んでくれ 》 という制度であり、認める訳にはまいりません。即刻廃止すべきです。さもないと、これが、他の領域の社会保障制度そのものまで侵蝕してしまい、日本の社会保障制度は崩壊させられます。



3月5日(水)  見る・観る・聴く・嗅ぐ (9)

§ある官僚の話 @

 2月27日16時より元官房長官古川貞二郎氏の新春講演会 『 今後の医療制度の方向性 』 が、大分県精神科病院協会・大分県精神科病院協同組合・大分県病院協会、三者の共催で開かれました。
 全般な印象としては、表題にいつわりあり! でした。古川貞二郎氏の「わが人生を振り返って」とも言うべき講演でした。しかしながら、45年の官僚人生の約3分の1の15年間を首相官邸で過ごしたというのです。官僚の中でも超エリートに間違いない。日本の戦後政治の裏面の歴史を聞くという形では大変面白かった。と、松本文六は思いました。
 以下、いくつかの話をポイント的に挙げてみましょう。

  1.  彼の略歴とツラツラ眺めてみると、何となく高級官僚の足跡とともに、いわゆるお役人の歩む道を窺(うかが)い知ることができますので、ここに転記しました。

 


 彼は、九州大学法学部を卒業し、いわゆる高等文官試験に挑戦されたが、失敗し、一旦長崎県総務部に就職されたという。高級官僚になり、彼の父母の世代のような厳しい生活を強いる国ではないようにしたい、そのためには旧厚生省がその考えに一致するということで志を立てた由。しかし、二度目の試験もうまくゆかなかったらしいが、私は、こうこうこういう志を持って入省を考えて来た、どうにかならないかと旧厚生省の人事部の担当者に死に物狂いで懇願し、とうとう入省を果たしたという。極めて例外的な措置で入省したという。
 官僚への高い志を持って入省しただけあって、官邸の副官房長官を8年7ヵ月、5代の首相につかえ、内閣参事官・首席内閣参事官で計15年間官邸で勤められたのであろう。
 この点、現在のお役人のお粗末さにはあきれ果てる。守屋防衛事務次官はその最たる者であろう。こういう時にこそ用意された言葉通り、古川貞二郎氏の爪の垢を煎じて飲めという風に使われるのであろう。


3月6日(木)  見る・観る・聴く・嗅ぐ (9)

§ある高級官僚の話 A

 ちょうど、彼が入省したのは、1960年と1月とあり、61年には国民皆保険制度が出来た時期で、彼の志と一致して仕事ができたということは、まさに強運の下に生まれて人間と生まれた人間といえるのかもしれない。全体の印象は能吏である。
 当時の皆保険・皆年金の考え方は、《 救貧から防貧へ 》 《 先進諸国に追いつき追い越せ 》 という標語、スローガンに象徴されている。
 第一次オイルショック (1973年 ) を経て、80年代になると国の財政は次第に悪化し、それとともに高齢化が眼の前に来ているということで社会保障制度の見直しが始まったという。
 1983年、当時の厚生省の保険局長吉村仁氏は 『 医療費亡国論 』 を提唱した。《 医師数増大が医療費を増嵩させる 》 と主張し、医師養成数抑制の閣議決定を引き出した。何と25年前のことである。それが、現在の医師数の絶対的不足による医療崩壊をもたらしたことについて、古川氏は全く触れていない。能吏とは、自分の失敗について少し反省し、触れても、同僚に対する批判は一切しないところにその典型的な特徴がある。
 彼は言う 《 2003年の OECD の統計よると国民総所得に占める総医療費の割合は OECD 30ヵ国中の22位であり、医師数のそれは27位である 》 と最新の情報には触れていた。しかし、医療崩壊に対する彼の考え方は、@ 絶対的に医師が不足していること A 社会が変化し、医療が変化し、意識が変化している B 卒後臨床研修を始めたこと、在り方に問題があったと。
 そしてこの崩壊の危機を止めるには、

  1. 日進月歩の医学を現場に反映させること
  2. 良質な医療サービスを提供すること
  3. 医学の成果をキチンと評価すること
  4. 医療従事者の疲弊の防止
  5. 急性期から在宅への医療をどう推進させうるのか
  6. 医師の地域偏在をどうするのか
  7. 医師法 21 条 ( すべての診療行為に関連する死亡事例を警察に届出る義務があるという条項 ) と萎縮医療の関連をどう解決するのか
  8. その他

等が必要であると述べた。
 松本文六は、事実を事実として反省すべきであるという視点としての 1 と 3 は了としたい。 4 と 6 は解決し、 7 の問題を解消しない限り 2 は夢のまた夢ということになる。また 5 についてもその要因分析をしなければ問題は解決しない。
 現在の医療崩壊の問題点は要点を押えているともいえるが、患者の医療に対する行動変容に触れていないことは、長年中央に座り、当初の志を失念し、今や KY と陰で言われているのでは? と松本文六は推測している。
 しかし、このフレーズの最後に、古川氏はこう言った。

《 国民の安心の源である、医療・福祉・介護・教育にどう向き合うのか、国が腹を据えていない !! 》

さすが、15年もの長きにわたって、内閣勤めされただけの能吏である。
 松本文六は思う。国と政府はどうあるべきかについて、国民と野党は党派を超えて、医療・福祉・介護・教育・保育についてしっかり考えなければならない。
 無党派層といわれる Key  Person  たちは、今の政治に愛想を尽かし、あきらめるのではなく、竜馬の意気でもって政治を変えなければならないのではないのか !! と。


3月7日(金)  人は旅をして気をもらう (2) 広島

§広島の縮景園 

 3月1日、広島での非自民の自治体議員の研修会で、医療問題について講演を依頼され、出かけて行った。2月29日の夕方までに着いてくれということで伺ったところ、講演は1日の13時からということで、1日の午前中は自由時間となった。
 果て、何をするか? と考えていたら、日展 100 年というのが催されていることを想い出し、同行の Y 氏とともに出かけて行った。Y 氏は、小中学生の頃、絵が上手で高山辰雄賞はお手のものでしたということで、同行するのに Y 氏が負担かなと思ったが、そうではなくて、急に楽しくなってきた。
 広島県立美術館まで歩いてゆこうということで美術館の近くに立派な石塀に囲まれた広い屋敷みたいなものがあるので、何かなと覗いてみたら、何かしら立派な庭園があった。 『 縮景園 』 であった。こんなところが広島にあるなんぞは全く知らず、連れ合いは広島出身なのに何で縮景園を教えてくれなかったんだろうと何となく気持が急に落ちつかなくなった。帰分して連れ合いに聞くと、《 私も行ったことがない。名前だけは聞いていたんだけど… 》 と。
 いずれにせよ、立派な庭園である。敷地は岡山県の後楽園の5分の1位の広さであるが、趣向は縮景園の方が随分良かった。
 この縮景園は、広島藩主浅野辰晟 ( あさの ながあきら ) が入国の翌年の1620年に、別邸として築城されたものという。この庭の設計は茶人として知られていた家老の上田宗箇がしたという。
 園の名称は、幾多の勝景を集め縮めて表現したためにこのようなものになったという。また、中国の杭州の西湖を模して縮景したとも伝えられているという。
 1945年の8月の原爆投下により、焼失していたが、県教育委員会の手で修復されたという。京橋川に沿って造られていたため、原爆投下直後には、この園に多くの人が避難し、そこで数十人以上の人たちが亡くなられ、その遺骨をきちんと収集したあとに再建されたという。
 確かに茶人として有名な家老が考えただけに、コンパクトによくまとめられている。岡山県の後楽園は、とにかく広いだけで何の特色もないが、この縮景園はなかなかのもので清風館という数奇屋造りで屋根はこけら葺きだという建物があるが、建築的にも秀出もんという印象を受けた。
 池の中央に跨虹橋 ( ここきょう ) という石橋がかかっているが、その石のアーチは、段々ではなく、アーチに近い形となっており、しかも円の半径が小さいのでスゥースゥーと歩いては登れず、縁につかまりながらでないと渡れない。そのまま縁を捉まらなかったら池に落ちてしまう構造になっており、純粋に飾り物として作られたものと思われる。今回は多種類の梅の花が見事に咲きほこっていて、こんなにも種類があるのかと感心してしまった。知らない世界が沢山あるんですよね。





3月8日(土)  見る・観る・聴く・嗅ぐ (10) 

§官僚の真理

 道路特定財源を使って国土交通省関連の財団法人が、超豪華な自己負担なしの職員旅行を例年やっていたというニュースが流れた。
 防衛省守屋事務次官の税金の横流しを通してのゴルフ三昧 ( ざんまい ) については、国民は驚きを越えて憤りを噴出させるのも忘れるほど唖然としてあきれ返ったのは、つい先日の出来事だった。挙げればきりがない程の役人の体たらく。この国は一体どうなっているのだろうか?
 元々、今の役人は、2つのことしか考えずに仕事をしているのではないかと、松本文六は以前より公然と言い放っていた。一つの責任をとらないこと、そしてもう一つは自らの老後を如何に優雅に過ごすかということを四六時中追求してきたと。これは、どうも普遍的な真理 ( 官僚の心理、終生目標 ) だと松本文六は確信している。彼らの行動は、この2つの軸で説明するとほとんど可能である。
 3月4日、日本病院会の地域医療委員会出席のため上京した。ホテルでかいま見た毎日新聞に面白い記事が載っていた。
 先輩と後輩の会話として牧太郎さんはひっそりと語っている。 「 どうしたら出世できるのかな?」 というつぶやきに対し、先輩氏曰く 「 他人のせいにするすべを学ぶことだ 」 と。 続けて、 「 何でも他人のせいにする。絶対に責任をとらない。これが出世の要諦だ。」 「 個人的に責任転嫁することには限界がある。組織的に他人のせいにするんだ。」 さらに、こういうくだりがある。 「 キャリア官僚は1年半位ですぐ異動するだろう。長いこと同じポストにいれば、必ずボロが出る。早く異動するのは、組織的にノンキャリアのせいにするからだ 」。 そして、都知事は無担保・無保証の新銀行東京をつくっておいて、焦げ付きでニッチもサッチもいなかくなったら、旧経営陣のせいだ!と自らの任命責任はないと公言した !!
 どちらを向いても偉いさんにはどうしようもない人間ばかりで、憤りと怒りで松本文六はよく死なないもんだとも思う。そう、彼らを追放しない限り、当方もいい死に方はできそうにない。
 東大寺の仁王様を忘れずに心静かに頑張ろう。

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